前編では、龍馬が幕末の志士として世に出る上でのバックボーンとなった要素について3つほど触れてきましたが、これらの要素がその後の龍馬の功績にどのように結びついていったのでしょうか。そして、「現代の坂本龍馬」とはどういう人物のことを指すのでしょうか。龍馬が歴史上で果たした役割と、その類稀な能力から紐解いていきましょう。

龍馬伝 後編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)


「幕末志士」としての龍馬の役割

◆薩長同盟の立役者に・・・調整役・プロデューサーとしての才能
坂本龍馬の功績として最も有名なものの1つに挙げられるのが、薩長同盟の仲介です。薩摩藩と長州藩による同盟は、徳川幕府打倒のためには必須条件ともいえるものでしたが、戦国時代からの因縁も含め、両藩はもともと犬猿の仲とも言える関係であったため、その実現は当時の常識では不可能とされていました。

それほどに難易度が高い薩長同盟を龍馬が実現にこぎつけた背景として、面子を重視する武士としての視点だけに捉われず、利害関係を重視する商人の感覚を活かした交渉力を発揮出来たことが挙げられます。

現代ビジネスマンにとっても全く同様の話として、双方の面子と利害をいかに両立させるかが調整のカギとなるわけですが、龍馬は、生まれながらの環境とその後の様々な人物との出会いにより、維新志士の中では極めて稀な調整役としてのプロデュース能力を身につけていました。そして、この能力は薩長同盟の後にも徳川幕府による大政奉還に向けた動きの中でも発揮されており、倒幕に向けた動きの中で龍馬がなした役割は非常に大きいものとなったのです。


◆「船中八策」におけるPR力・・・広告代理店・プロモーターでもあった龍馬
「大阪維新の会」が「維新八策」の名称のモチーフにしたとされる「船中八策」ですが、これは龍馬が自らの案として何らかの形で示していたことは事実ですが、その考えの大半は龍馬の独創的な考えというわけではなく、龍馬がこれまで出会ってきた人物が提唱してきた考え方をアレンジして、八つの政策案としてまとめたものでした。

このことが示すこととして、龍馬は自ら政策・企画を立案するよりも、様々な政策・企画案をアレンジし、それをより大きなものとしてPRすることに秀でていたということが言えます。龍馬自身は座学としての勉強を苦手としていたため、立案するために必要な基本的知識・情報の面では難がありましたが、それを自覚していたためか、他の人の話を聞きながらその本質を理解し、それを自らの考え方としてアレンジしPRするという、広告代理店のような実務的なプロモーション能力が非常に高く、「船中八策」はまさにその表れであると言えます。


◆日本初の商社(亀山社中)の設立・・・ベンチャー企業家としての限界
龍馬が幕末において果たした役割とは別に、龍馬自身の夢として、日本初の商社である亀山社中(のちの海援隊)を設立しています。

倒幕における役割としては、土佐藩及び薩長に対する武器・兵糧等の調達および輸送の請負をメインとしていましたが、龍馬が明治以降も生きていたとすれば、政治よりも海外との貿易を含めた事業家としての活動に重点を置いていた可能性が非常に高かったと思われます。

もっとも、純粋に事業家としての龍馬を見た場合、全くの新規事業である点を考慮しても、設立後すぐに自力での経営継続が困難となり、土佐藩及び薩摩藩による支援により存続していた状況だったということですから、現代でいうベンチャー企業の創業者としての管理能力および実行力には限界があったのかもしれません。少なくとも、後に三菱財閥の祖となった岩崎弥太郎などと比べると、実績面では劣るものと評価せざるを得ないのが実情です。


平成の世に坂本龍馬は必要か

近年、政治・経済の閉塞感を打破するための人物として「現代の坂本龍馬」を求める声が多く聞かれますが、今の日本に龍馬が存在した場合、果たしてその能力をどれだけ発揮することができ、またそれに対するニーズがあるのでしょうか。

幕末の世において龍馬が発揮した能力を改めて整理すると、利害関係者との調整能力や企画・政策のPRおよびプロデュース能力が主たる部分であり、組織のリーダーとしての管理能力や実行力については、正直なところ未知数…というより生前の実績だけで評価すれば、ほとんどないとすら言えます。

つまり、龍馬はあくまで他に優秀なリーダーや実行役がいて、初めて輝きを見せる役回りだったのです。

その一方で、現代日本の政治経済において常々言われている問題は「リーダーおよび実行役の力不足」であり、実は現代に龍馬がいたとしても課題が解決しないどころか、その能力を十分に発揮することができない可能性が非常に高いのではないかと思われます。それ以前に、誤解を恐れずに言えば、実は龍馬みたいな怪しい輩は、現代の日本にはイヤというほどいます。Facebookで数千人の友達がいて、いろんなイベントや流行りものの仕掛け人と呼ばれ、肩書もたくさんあるけど結局何をやっているかよく分からないというような人は、たぶん「現代の坂本龍馬」です(笑)。

また、龍馬になぞらえて「維新八策」を作った大阪の橋下市長について考えてみると、確かにリーダーとしての実行力や企画・政策のPR能力はうかがえますが、龍馬を最も「龍馬」たらしめた調整力については、仮想敵を作って世間の支持をあおる手法を選択している点で、同一視するにはやや疑問が残ります。そして、このような手法は、実は坂本龍馬というよりは織田信長に近いタイプであることからも、少なくとも今の時点では「現代の坂本龍馬」の実際のニーズは、世間で言われているほど高くはないと言えそうです。


坂本龍馬の半生から学ぶべきこと

今回は坂本龍馬の一生を振り返ってきましたが、龍馬の功績から私たちカザーナ世代が学ぶべき教訓として、私からは以下の2点を挙げたいと思います。

1)複数の視点から考えることでバランス感覚を養うべし   
2)机上で勉強するだけでなく、それを自分の考えに置き換えられるまで考えるべし

30代からのキャリアアップに向けて資格・語学を勉強することも重要かもしれませんが、龍馬のようにより広く、深い視点で物事を考え、行動に移せる人間になることが、実は私たちにとって一番重要かつ難しい課題なのかもしれません。

今回の締めとして、龍馬の物事を考える視点の広さの一端が垣間見れる、こんな名言を紹介させていただきます。

「人の世に道は一つということはない。道は百も千も万もある。」―――坂本龍馬

坂本龍馬

YUKI
ゆうき/愛知県で生まれ育つ。現在は県内の某自治体で勤務。世間の公務員バッシングと実際の業務のジレンマに悩みつつも、住民の幸せと自分の幸せの両立を目指し、日々の仕事に励む。
mixiキーワード:oblivious_sky
>> 続きを読む