カラダアイコン細胞―日常の世界ではあまり気に留めない存在。けれど彼らは今も絶え間なく増殖と分裂を繰り返しています。その結果、受精によって生まれた1つの細胞が60兆個もの細胞に増え、ヒトとしての私たちを形作っているのです。
細胞夜話 (mag2libro)細胞に秘められている不思議な力を知れば、「キン肉マンが″火事場のクソ力″を出せる理由」や、「江戸川コナンの勘が異常に鋭い理由」、さらには「美味しんぼの海原雄山が異常にエラそうな理由」…そういったことが少しずつ自己判断できる体になるかと思います。というわけでこれから数回に渡り、科学的知見に基づきながら、細胞が持つ不思議な世界をのぞいてみることにしましょう。

最初に紹介したい細胞の不思議な力は『HSP:heat shock protein』というものです。

日本語で「熱ショックタンパク」と訳されるこの物質は、字のごとく体温よりも5℃前後高い温度刺激によって細胞内で生成されます。5℃高い状態…ということは体温41℃以上ということですから、正直もう死にそうなくらい高い熱が出ている時にこのHSPは生まれます。インフルエンザでこのくらいの高熱を出した人もいるのではないでしょうか。

死の危険と隣り合わせの状況。生命の危機。それはもちろん細胞単体で考えた場合も同様です。細胞も一刻も早くこうした劣悪環境を改善または引越しをしたいと考えるわけです…。そうはいっても準備期間や移動時間が必要ですから、その間はなんとしてもこのキツい環境で耐えなければなりません。

そこで、彼らはHSPを作り出します。HSPは瀕死の細胞を助け、また救助が難しい場合は周りの細胞に迷惑をかけずに旅立たせるなど、新居に移るまでの間、体の中の被害を最小限にするために全力を尽くすのです。細胞内の災害対策本部と言っても過言ではないでしょう。

実はこのHSP、熱だけでなく細胞自身がストレス(精神的、病原菌、放射線、化学物質など)を感じると、それをカバーしようとして生み出されるケースもあります。たとえば試験前に徹夜して、何とか試験は乗り越えたけど、試験後に一気に体調を崩したというような経験をした人は多いのではないでしょうか。あれは、試験前の緊張や気合を感じ取ったあなたの細胞がHSPを多く作ったために、本来取らねばならない睡眠をしなくても大丈夫な状態=徹夜ということを可能にさせていたのです。

しかし試験が終われば緊張状態から解放されますので、HSPの量は減少していきます。仮に試験期間前に風邪の菌をもらっていた場合、HSPによって守られていた菌への抵抗力が減るため、場合によって風邪を引いてしまう…というわけです。

こういった現象を「気」や「オーラ」と表現し、これらを自在に使いこなすことが大切だという人もいます。ただ私としては、生命が危機的状態に陥った際、そこから抜け出すまでの時間稼ぎのためにHSPが作られてきた―という生物進化の歴史を忘れてはならないと思います。生命の危機的状況がそう何度もあっては困りますし、何度も何度もスーパーサイヤ人になるよりも、スーパーサイヤ人にならなくてもいい平和な環境を作る方が、人間の営みとして自然なことではないでしょうか。


モリハジメ
もりはじめ/大学時代に細胞が持つ不思議な魅了に惹かれ今に至る。夢は屈腱炎に泣かされるサラブレットを細胞の力で治すこと。