デザインアイコン東日本大震災。まずは犠牲になった方へのご冥福と、避難生活を余儀なくされている方のご多幸とご発展をお祈りします。今日的課題としてタイムリー過ぎるとは思いますが、今回は災害とデザインの関係について簡単に述べさせて頂きます。
震災のためにデザインは何が可能か

震災以降、普段はあまりテレビをつけない私が、しばらくは完全にテレビっ子になっていました。
いつもはメディアに否定的な私も、こういった非常事態の時には大変心強く、ありがたいものだと痛感しました。またそのメディアを通して映し出される救助隊や医療関係者の姿に、自分は果たしてどんな役に立てるのか、仕事として選んだ今の道は正しかったのか…などいろいろ考えさせられました。

まず、この記事を書くにあたりいろいろと調べているうちに「防災デザインコンペティション」なるものを見つけました。2008年で終了しているコンペですが、「日常的に使用したくなるような防災グッズをデザインする」がお題になっています。

意地悪な見地から言わせて頂くと、毎年キャンプに何回か行く自分にしてみればすでにサバイバルグッズを日常的に使用しているので、「そんなのもう世の中にあるよ!」と言いたくなるのですが、それはそれとして。コイン型予備電池や逆さにして雨を貯める傘など非現実的なものから、レシートの裏やコンビニの袋に防災情報を印刷するなど「え?それってデザイン?」と思えるものまでいろいろあります。

例えば、笛。瓦礫に埋まって身動きがとれない時に最も効率的に自分の位置を知らせることが出来ます。
例えば、家族の写真。離ればなれになった家族の顔の特徴を絵で描いたり言葉で表現するよりずっと正確です。

これらは世の中に溢れているので当然コンペ作品にはなり得ませんが、小手先のアイデアではなく、もっと本質的なところを突くものがきっとあると思うんですけどね。ともあれ、微力ながらデザインの力でも災害から人を救う手助けは出来るようです。

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先日知人が仕事で福島原発の中に入ったことのある人に会いました。その人は福島原発内の避難経路のサインを作る仕事で行ったそうです。
しかし滑稽なことに、避難経路を作成するにも関わらず、機密という理由で建物の図面は開示してもらえなかったそうなのです。それでもなんとかサイン計画をして納めたそうですが、そのサインが蛍光管発光式だったため、震災時は停電してサインは見えなかっただろうとのこと。やっと出番が来たと思ったら使えない。ナウシカの巨神兵を思い出してしまいました。原発が舞台じゃ、笑える話も笑えないですけどね…。

「天災は忘れた頃にやってくる」とはよくいったもので、私自身、震災後は「こっち(愛知在住です)にもやってくるかもしれない」と寝袋やら印鑑やらをバッグに詰め込んで玄関に置いていましたが、序々にそういった危機感も薄れていき、今や前と変わらない日々です。

天災に備えることはもちろん大事ですが、日常的に準備できることには限界があります。例えば数年前に揃えたはずの非常食が賞味期限が切れて全て食べられないとか、ありそうな話ですよね。
また緊急避難用グッズ一式が揃ったバッグが押し入れの奥深くに眠っていたら、ガサガサしているうちに家屋が崩れますよね。はたまた、地震が起きて初めて使う道具だけど説明書が雨に濡れてボロボロになって読めないetc…。

今回の震災で自分の無力さを痛感しながらも、そういったところに、まだまだ災害にはデザインやアイデアを投げかける隙間があるんじゃないか…と思っています。

ヤマモト
やまもと/1982年生まれ。某自動車部品メーカーにインハウスデザイナーとして勤務。インパネにくっつくメーターやらナビやらエアコンパネルやらをこねこねしながら、デザインみたいなことをしている。