特集3アイコン052009年―あらゆる意味で転換点となったこの年、もっとも報道されるべきだったのは、上場企業の大規模リストラについてではありませんでした。転職組のカザーナ世代だけでなく、現在就活中の大学生にも読んでほしい「ネオ・ブラック企業」、その驚愕の特徴とは!?
29歳でクビになる人、残る人「文系・大卒・30歳以上」がクビになる



本誌が今回ここまでブチ切れている理由

今回の焦点となっている2009年。この年、東芝・富士通をはじめとした上場企業がリストラを実施している様子は連日報道されていましたが、実は当時もっとも報道されるべきだったのは、そうした上場企業のリストラではありませんでした。なぜなら上場企業は、株主や投資家に対し公平に経営計画を公開する義務があるため、リストラの計画も同時にしっかり公表します。常に世間の目にさらされているので、リストラ施策にも最低限の品位が求められます。つまり上場企業のリストラは、公表するだけまだマシだったのです。

本当に問題視すべきは、以下の3点だったと本誌は考えています。


①日本企業の9割を占めている非上場企業および中小企業の「世間の目に留まらないことを利用した」リストラの凄惨さ

②リストラ対象となる世代構成の中心が、若年層の正社員に移行していること

③ほとんどの場合、団塊世代の役員・正社員の既得権保護がその理由であること


09年時点で、こうした問題を指摘したメディアや有識者は皆無でした。なぜか。一言で言えば「それが知られると都合の悪い人たちがスポンサーになっている」からです。



政治とメディアの関係が問題を分かりにくくしている

政治とマスメディアは一見相対する関係のように見えますが、それはFAKEです。元来相性がいいものなのです。なぜなら、基本はどちらも集客商売なので、単純に人口数で一番リーチを取れる世代を顧客対象としているからです。現在の日本では、それは50代・60代の団塊の世代にあたります。

一方、総人口に占める29歳以下人口の割合は、1950年代には60%に達していたものの、2007年には30%以下にまで落ち込んでいます(総務省「国勢調査」「推計人口」参照)。得票数にも視聴率にもつながらない、存在感の低い若年層の意見は政治とマスメディアには一切取り上げられません。取り上げられているように見えるものは、実は団塊の世代にとって都合が良かったり、気持ちのいい話題だったりするものが大半です。自分の足元を脅かすような問題については、実は政治とマスメディアは驚くほど結託し、当然のようにその事実を隠ぺいしてきました。

09年といえば、08年秋のリーマンショック後、「100年に1度の大不況」「未曾有の危機」などと、経済の深刻さが政治・マスメディア双方で喧伝されていた頃です。今思えばそれ自体、団塊世代の既得権を守り、これまでありえなかった20代リストラを正当化するためのムード作りだったのかも知れません。



20代リストラを淡々と行う「ネオ・ブラック企業」の特徴

ところで、本誌はリストラを全面的に罪悪としているわけではありません。そもそも、リストラ自体は悪いことじゃないのです。効率化を促し、生産性を向上させるなど社会的なメリットもたくさんあります。あらゆる企業が利益団体である以上、グローバルな競争で勝ち抜いていくために打つべき必要な「手段」として、常に切っておかなければいけないカードであることは間違いないでしょう。

では、何が問題なのでしょうか。それは過去20年間のリストラの歴史から紐解くことができます。

日本の企業はこの約20年間で、大きなリストラを3度経験しています。1回目は、1990年代前半の頃で、管理職が主な対象でした。2回目は90年代後半で、北海道拓殖銀行や山一證券が経営破たんし、金融危機が叫ばれた頃です。金融機関は企業への融資などを貸し渋り、それにより多くの中小企業が苦しみ、リストラが多発しました。この時も、主なターゲットは中高年の管理職でした。

しかし3回目となる今回は業界も広範囲にわたり、非正規社員や正社員の区別なく狙われることになりました。そして、20代・30代という若年層の正社員にまでその対象は広がりました。

ここから推測するに、今回「20代リストラ」に踏み切った企業は大きく分けて2パターンあったと言えそうです。この2パターンの企業を仮にA社・B社とすると、こう分けられます。

【A社】
打つべき手を出し尽くし、もうどうしようもなくなって、やむを得ず20代リストラに手を出してしまった会社。

【B社】
これまで何もやってこなかったにも関わらず、今回いきなり(端から見てもかなり安直に)20代リストラを決定した会社。

このA社・B社2つの企業は結果的に両社ともに20代のリストラを行うことになるのですが、意味合いが全く異なります。

A社は、90年代に40代・50代の管理職を対象にしたリストラを実施し、00年代に非正規社員を契約切りし、しっかりあぶり出した上で、もうやることがなくなってしまい、しかし更なる大波が襲ってきたという極限状態での選択でした。ここまで来ると社員はそこそこ会社の状況や経営陣の苦悩を理解しているので、20代とはいえ気分的にも『リストラなう!』くらいなものでしょう。会社も「会社都合」だと認めてくれるケースが多いはずです。

上場企業や出版社などに多いパターンで、経営責任は当然あるのですが、産業構造やビジネスモデルの限界などそれ以外の要因も多過ぎるため、リストラする方もされる方も前向きに検討せざるを得ない状況がこれです。労使が合意形成しやすいだけに、まだ救いがあると言えます。

問題はB社のような企業です。

典型的なワンマン・同族企業で非上場というような「経営陣の一新など露ほども望めない環境」であることが多く、経営者ないし経営陣の保身が、その施策の根底にあります。また、中長期計画がずさん(意図的?)で、たとえば06年から08年までのいわゆる「いざなぎ越え景気」の際、今の全社員数の約半数もの人員をその時期に採用していたりするような新興企業にありがちです。自らの保身を「経営判断」とすり替えて考えている上に、リストラ実施となれば全社員の半分以上が20代なので(という言い訳もできることから)、20代を切ることにまるで抵抗がありません。最初からそのつもりで採用している雰囲気さえあります。

また、上記のような大量採用をしていない老舗企業であっても「なぜ長く続いているか」の理由がそういった「経営陣の保身」だった場合は同様で、その見極め方は簡単です。それは、役員が一人も辞めていない会社です。社員のクビを切る以上、報酬カット程度では責任を取ったことにはならないはずです。しかし、誰ひとり辞めない。オーナーが辞めさせない。オーナー経営者とイエスマンしかいない役員が、保身を前提に結託しているからです。

このような会社は、もちろん会社都合のリストラであることを認めません。希望退職も募りません。全体朝礼など大勢の前では「共に戦う気のない者は去れ!」等、処遇はあくまでも本人のやる気の問題だと断じつつ、実際はやる気や将来性など関係なく、短期的に成果を上げられない社員を自己都合で辞めさせるために、ターゲットに対してあらゆる手を仕掛けてきます。

全て挙げればキリがないので一例を挙げると、3か月で結果なんか出るはずないと分かりきっている仕事(新規開拓等)を命じて「3か月で結果が出なければ辞めます」等の念書を書かせるなど、それはそれは陰湿なものです。(そういった会社側の手口や対処法については、フリージャーナリストの吉田典史さんの著書『あの日、「負け組社員」になった…』などに詳しいので、興味のある方は一読をお勧めします。)

要するにB社は、自分たちの責任はボーナスカット程度で乗り切り、あとはうやむやにしておきながら、役員の命令に従っていただけの20代のぺーぺーに結果責任だけを押し付けて退職を迫る、品性下劣で破廉恥極まりない経営者ないし経営陣の会社、ということが言えそうです。

A社とB社、どちらが「ネオ・ブラック企業」なのかは明白だと思います。



「20代リストラ」の何が問題か

A社のような会社が20代のリストラを「最終手段」と考えてきたことにはそれなりの理由があります。

先述した日経ビジネスONLINEのニュースを引き合いに出すまでもなく、20代で転職に有利に働くようなキャリアを形成できるのは実力主義のIT系や一部の新興ベンチャーくらいなものです。実は、その他多くの日本企業(特に大企業)は本人の努力に関わらず、残念ながら未だ20代で明確なキャリアを築けるような人事システムにはなっていません。特に年功序列が根強く残っている企業ではなおさらです。本人のキャリアになりそうな大きい、もしくは面白い仕事は上司が抱きかかえて離さないからです。

結果、十分なキャリアを築けないまま中途半端に放り出された20代の転職は、やはり厳しいものにならざるを得ません。A社のような会社はそういったことを危惧していたのです。A社の経営者はそれでもリストラを断行せざるを得ないことに責任の一端を感じ、再就職支援も含めた措置を講ずることになります。ちなみにB社もそうなることは折り込み済みです。しかし、彼らの反応は真逆です。知ったこっちゃないのです。自分たちさえ生き残ればいいのですから―。

本誌も取材期間中、「第二新卒のようなポテンシャル採用はしてもらえず、かといって自分は即戦力だとはっきり主張できる実績は何一つ残せていない」という状況に陥り、転職市場で苦戦を強いられている同期や後輩を幾人も見てきました。少々大げさかもしれませんが、この特集は、そんな彼らの鎮魂と現世での復活を賭したものなのです。

つまり本誌が憤怒しているのは当然B社のような企業に対してであり、これらの会社とはおよそ呼ぶに値しない家畜小屋を「ネオ・ブラック企業」と呼ぶのです。

あくまで私見ですが、2009年は後世の歴史家から、「日本企業にキャリアを委ねていい時代が完全に終わった年」だと位置付けられるようになるのではないでしょうか。



あの日、「負け組社員」になった…リストラなう!