TK BEST SELECTION IN EPIC DAYS [CD+DVD] / 小室哲哉First Love
かつてのカラオケブームを牽引したのは間違いなく90年代のJ-POPだった。1992年に通信カラオケが登場して以降、それまでのレーザーディスク方式と比べてカラオケで歌える曲数が何十倍にも膨れ上がっていたことが影響している。

そして、その90年代に音楽界の中心にいたのが、小室哲哉その人だった。

TMNの解散後、本格的なプロデュース活動を開始した小室氏を筆頭に、当時の音楽プロデューサー及び業界関係者達は、こぞって「カラオケで盛り上がる」「歌いやすい」「キャッチーな」音楽を明確に意識して作っていた。カラオケで人気が出れば売れる、売れればカラオケで歌われるという相乗効果を業界全体で意図的に狙っていたのである。

結果、その流れに乗ってカラオケ業界と共に伸びようとする勢力と、そうした「消費される音楽」に抗おうとするその他勢力(主に80年代以前にブレイクしたミュージシャン達)がぶつかり合い、90年代の日本の音楽シーンは大いに盛り上がった。この時期に誰もが口ずさめるいくつもの名曲が生まれたのも、実はそうした国内の競争要因によるところが大きかったというわけだ。

ところが最近はJ-POPという言葉自体をあまり聞かなくなった。これは昨今騒がれている通りK-POPが台頭したから…ではなく、日本人の音楽が各ジャンルで成熟化していく過程で、JだKだという国家的枠組みで音楽のジャンルを一括りにしようとすることに無理が生じてきたということに過ぎないと本誌は考えている。そう考えると、むしろ歓迎すべき風潮なのかも知れない。

さて、こうした現在に至る潮流を決定的にしたのが宇多田ヒカルでした。1998年に出した1stアルバム「First Love」の国内売上総数860万枚は、2011年現在も未だに破られていない日本記録である。

彼女の登場で、日本の音楽業界は新たな段階に突入する。主にエイベックスが強力に推進していた「カラオケで歌いやすい」「キャッチーな」曲よりも、アーティストの圧倒的な歌唱力に頼る曲が徐々にヒットチャートを占めるようになってきたのである。同時に、有名プロデューサーのネームバリューや話題性のみでチャートを伸ばすことも難しくなり、ヒットの定石が崩れた音楽業界は徐々に迷走し始めた。

2000年代に入ってから今日に至るまで、素人が歌いやすいヒット曲は減少の一途を辿って行った。リスナーの好みのジャンルも細分化し、業界の一体感は随分失われた。世代間で盛り上がれる曲に相当な隔たりが生まれ、上司も巻き込んで皆で歌えるような曲が今、本当に少ない。確かに少し淋しい気はする。

とは言え、やはりこの流れを悪しき兆候として断罪する気にはなれない。ネットワーク社会の今、ありとあらゆる産業が同じような状況にあり、トップダウンで一つの大きな流れを形成することは至難の技なのだ。個人へのパワーシフトをどう生かすかが課題という点で言えば、音楽業界が抱える問題は他業界にとっても決して対岸の火事ではないということだろう。

では、やはり音楽業界と共に、カラオケ業界もこのまま迷走を続けるのだろうか。

前回も主張した通り、どうやらそこまで単純な話ではないようだ。ただ、少なくとも現時点で確実に言えることは、「音楽の良し悪しを測るのに、もうヒットチャートは頼れない」ということだろう。個人へのパワーシフトとは、一人一人の感性が今まで以上に重要視され、クローズアップされていくという意味である。同じ1票でも「感性ある1票」がより大きな価値を持つ時代に、これまで「当たり前」としてあったカラオケをどう捉え直すのか…。カラオケというフィールドこそ、我々カザーナ世代の創造力とバイタリティが問われているような気がしてならない。