もりそば/富士そば
今から47年前の1964年。それまで中小零細企業がひしめき合っていた群雄割拠の立ち食いそば・うどん業界で、日本初となる24時間営業の立ち食いそば店を渋谷でオープンした名代富士そば。今や1日5万食とも言われているその成長ぶりには目を見張るものがあります。

それもそのはず、名代富士そばの事業会社名は「ダイタンフード株式会社(ダイタングループ)」。どうやら名実共に大胆な店舗作りを推進しているようなのです。
2000年代からほぼ全ての店舗に椅子を設置。定食屋などの競合他店が真似できない立ち食いそば・うどんの調理システムを継続採用することで、10坪程度の超狭小面積でもカウンター席での出店を実現。この改装を始めてから女性客もぐんと増えたそうです。

あらゆる飲食店の店舗開発担当者に注目されながら、狭すぎて結局使い物にならない駅近1階の空きテナントに的を絞った出店戦略は、まさに富士そばの必勝パターン。他のあらゆる立ち食いそば・うどんチェーンが尻込みするような悪条件を乗り越えて出店を続ける姿勢はまさに「大胆」の一言です。長引く不景気を追い風に変えた業態の典型例なのかも知れません。

また、富士そばにはもう一つ大きな特徴があります。それはどの店に入っても聴こえて来るマニアックな演歌。知ってる曲がかかっているのを聴いたことがありません。店舗の自主性を重んじる風潮ということで、中にはJ-POPが流れている店もあるらしいのですが…それはかなり稀な例でしょう。

実は現社長で富士そば創業者の丹道夫氏には「丹まさと」というプロ作詞家の一面もあるのです。そのため、富士そば店内には実際に氏が作詞した曲のポスターが大きく貼ってあったり、そのCDやカセットテープを店舗で購入したりすることもできます(!)。ちなみに「ひとり娘/三笠優子」と「港のかもめ/島津悦子」は、ともに5万枚を越えるヒット曲になっているとのこと。ひょっとすると店で流れているのかもしれません。

そんな富士そば不滅のスタンダードであるこのもりそばも、いつも歯応えもちもちで癖になる味です。まず写真を見て気付いた人もいるかもしれませんが、薬味皿がすごいことになっています。わさびが青ネギと同じくらい盛られて出てきます。さすがに大胆ですね。そんなに泣かせたいのか。そんなにツーンとさせたいのか。しかし読者の皆さん、心配しないで下さい。このわさびは全ッ然利かない!よってこの薬味皿は一皿丸ごとつゆにぶち込んで、濁らしまくるのが正解なのです。

するとどうなるか。おかわり自由のそば湯にわさび粕がアクセントとなり、これがとっても旨いのです。これを飲むために「かけ」ではなく「もり」を頼むと言っても過言ではありません。ということは、この全然利かないわさびも富士そばの綿密な作戦なのです。そうだ、そうに違いない。ぜひご賞味あれ。

もちろん、富士そばより美味いそば屋は世の中に沢山あると思います。しかしそばをこれだけ首都圏のサラリーマンのランチメニューに組み込んだ富士そばの、懐と胃袋と文化に対する社会貢献度は計り知れません。外国人観光客に人気があるというのもうなずけます。確かに日本的なるものがこの店にはたくさん詰まっていますし、よく考えたら「富士」「演歌」「そば」を一度に、しかも手軽に体験できる店なんてそうそうありません。自分も今度は観光客になったつもりで、名物の「富士山もり」にチャレンジしてみたいと思っています。

それでは今日も、手と手を合わせて、いただきます。