「古事記にはいろんな場面で占いが出てくるんだよ。全部占いの話なの。で、その占いとは何なのかって言うと、実は諸葛孔明や歴代の中国、韓国の帝たちがやってきた風水占いと同じだったっていう。それをこの本で解明しちゃったんだよ。だからみんな唖然としちゃった。」

古事記の法則/目崎茂和

『神話学者』の目崎茂和

目崎:最近、古事記の本出したからさ。持ってる?

―――すみません、持ってないです…。

目崎:ああよかった、じゃああげる。これで学振賞取ってやろうかと思ったんだけど、なかなか売れないね。あまりにも画期的でねえ(笑)。

―――画期的?

目崎:今年2012年は、古事記が編纂されてから1300周年なんだな。712年発刊だから。で、日本で最初に書かれた本だってことなんだけど、おれはそれより100年くらい後に書かれただろうって説を展開している。

―――1世紀違ったらタダ事じゃないですよ!

目崎:なぁ?ちなみに、よく比べられる日本書紀は720年発刊だから、2020年で1300年ってことになる。おれの説で言えば日本書紀の方が古いんだよ。

――それはどうして分かったんですか?

目崎:古事記は、実は全部占いで出来ているから。しかも風水占いで。

―――ええっ?

目崎:例えばね、イザナギとイザナミが最初に水子を産むっていう有名な話があるよな。それで困ったってことで、天に昇って天帝にお伺いを立てるわけなんだけど、実際は占ってもらってるんだな。そういう感じで、古事記にはいろんな場面で占いが出てくるんだよ。全部占いの話なの。で、その占いとは何なのかって言うと、実は諸葛孔明や歴代の中国、韓国の帝たちがやってきた風水占いと同じだったっていう。それをこの本で解明しちゃったんだよ。だからみんな唖然としちゃった。

―――風水の思想が日本の神話を構成していた…?

目崎:うん。まぁ昔から神話をやってた連中は、そんなことありえないって言いたいところなんだろうけど。でも、よく考えれば何の不思議もないわけ。風水の思想っていうのは、陰陽五行が元になっているだろ?でも、仏教も儒教も全部、もともとは陰陽五行だから。神道とか道教とかもそう。みんな違うものだと思っているけど、ルーツはみんな同じ。陰陽五行なんだよ。

―――陰陽五行の視点で日本神話を解明するなんて、先生の独壇場じゃないですか(笑)。

目崎:そうなんだよ。だから今年はいろんな所で古事記に関するシンポジウムがあるんだけど、もう引っ張り凧だよ。特に今度の古事記の本は、占い業界からも注目されててさ。

―――占い業界?

目崎:今、日本の占い業界って大きな流れが3つあるんだけど、そのうちの一つで俺が研修したりすると、「先生のサイン入りが欲しい」ってみんな言うんだよ(笑)。

―――それは、占い師の方々が?

目崎:そう、みんな占い師。

―――ここは単刀直入にお聞きしたいのですが、その占い師の方々が風水の評価を複雑にしている現状ってあると思うんですよね。こないだもテレビで芸能人の家に行って、玄関とか、向きがダメです、アレがダメです、だから盛り塩を置いてください、何色のグッズを置いてください、ってやってました。ああいうブームは、先生は肯定的に捉えていらっしゃるとは思うんですけど、なんかやっぱり…

目崎:うさん臭いよな。

―――そうなんですよ。

目崎:当たり前だよ。

―――友達の家に行って、玄関に盛り塩が置いてあったらちょっと心配になるじゃないですか。コイツ大丈夫か?って。そういうのが風水にはつきまとっていて。

目崎:それだけが風水じゃないんだけどな。

―――でも、ああいうのが風水だっていうイメージがまだまだ一般的なんじゃないかなと。

目崎:でも神主と同じで、お祓いを否定したら食っていけないじゃん。実はああいうのって風水師の「職業化」のための話だから。ベンチャービジネスなんだよ。そうやって考えりゃあ腑に落ちるだろ?

―――なるほど、「宗教」と「宗教学」の違いみたいなものなんですね。それが巷の「風水」と先生の研究領域である「風水学」の違いだと。

目崎:風水や宗教って、要するにベンチャービジネスだから。今は親鸞がブームだけど、日蓮がどうして今でもあんなに受けるのか、とかな。あれはビジネスをやってたから。みんなに幸せを売るビジネスなんだよ。

―――日蓮なんて本当にベンチャーそのものですよね。

目崎:昔の宗教家ってみんなベンチャー企業の社長みたいなもんだよ。空海だってなんだって、それまで日本に無かった考え方やサービスを海外から輸入してさ。セブンイレブンと同じだよ。

―――そう考えると理解できますね。

目崎:さっきの盛り塩なんていうのもさ、たとえば金閣寺の庭に盛り塩的なのがあるでしょ?じゃあなんで盛り塩なのかって言った時に、本当の占い師は説明をしないんだよ。ただ「やれ」っていう。でも我々は学者だから「なぜ」ってなる。占い師に説明責任は無いけど、学者はそうはいかない。そこが一番大きな違いだな。(続く)