「教育者って大変なんだよ。年齢とともに、同じ言葉でも相手への伝わり方が全然違ってくるんだから。でも今は、例えばゼミ時代の女の子達が Facebook に言葉をどう紡ぎ出すかによって分かってくる。こういう状況の中で今後ますます重要になってくるのは、ある意味 “言葉遊び” ができるかどうかなんだよな」

ジュゴンの海と沖縄

『教育者』の目崎茂和
 

―――先生、Facebook使いこなしていますよね。しかも、僕なんかよりも相当ヘビーに使われていて、こりゃすごいなと(笑)。

目崎:あったりめーだよ。最近毎日見てるもん。今、沖縄でいろいろ運動が起こってるだろ?

―――米軍の普天間基地移設問題、石垣島の新空港建設問題…すべて珊瑚礁の保全と沖縄の環境・風水の全てに関わる社会運動ですね。

目崎:今、環境運動がFacebookで大変なんだよ。誰かが「夜中に県が県庁に報告書を出すから」って言うと、人がダーッて集まってくる。老若男女関係ない。年寄りから何から、みんなFacebook見て来てるの。

―――今や沖縄は国内ソーシャル革命の最先端だと…?

目崎:そうかもしれない。他の地域より運動が身近で、具体的だから。“アラブの春”もそうだったんだけど、「今日集まりがあるから」ってああいう連絡がFacebookに入るんだよ。「あそこに何時に集まれ」って。そういうのばっかりだよ。少なくとも、環境運動はFacebookで確実に活性化している。新たな意味で。今まではグループメールでやり取りしてたようなことが、今はもうFacebookに変わりつつある。これからの社会運動はFacebook化するしかないだろう。あれをやるようになったら人生変わるよなぁ。

―――大学をお辞めになってからですよね?

目崎:そりゃそうだよ。時期的にもな。去年メキシコの帰りに、Facebookの創設者の映画を夜中に見たんだよ。

―――マーク・ザッカーバーグの『ソーシャル・ネットワーク』ですね。

目崎:そう、それそれ。その前後に、南山の学生から「フェイスブックやってます」っていうのをもらってさ。ちょうど定年退官した直後くらいで。その学生から、Facebookに退官の写真を載せますよって連絡をもらったのが、やり始めたきっかけだったな。うちの卒業生はやってるの多いよ。特に留学生の存在が大きいよな。本国に帰って行った留学生たちにとって、SNSはかけがえのないコミュニケーションツールになっている。Facebookがなかったら、彼らとこんな風にはできなかったよ。

―――国に帰ってしまったら、なかなか連絡手段がないですもんね。

目崎:韓国語だとか英語でもさ、翻訳機能がついてるじゃん。あれは画期的だと思うよな。今まではメールでもらった文章なんかを、いろんなニュースサイト見たりしながら調べていたわけだけど、今やメールを開けると同時に「フェイスブックでこんなこと書かれてますよ」って連絡があるじゃない。そこから伝わっていくみたいなのがさ。それとか「あなたに友達のリクエストが届いています」とか、こっちからリクエストしたのが「承認されました」とかさ。あの感覚ってすっごく面白いよね。

―――「友だちになる」っていうボタンがありますからね(笑)。

目崎:そうそう。それとか「友達ではありませんか?」とかさ、「知り合いではありませんか?」って。で、その人に自分と同じ知り合いが何人いるかって表示してくるだろ?あの機能はすごいと思うよ。その人がどんな仲間のグループなのかっていうのが一目瞭然じゃん。

―――個人情報を入れれば入れるほど見つかりやすくなりますよね。

目崎:で、こういう状況の中で今後ますます重要になってくるのは、ある意味“言葉遊び”ができるかどうかなんだよな。

―――言葉遊び…?

目崎:人と付き合うっていうのは、やっぱり意思の伝達が基本。人がこうやって目の前にいるのと違って、活字で読んじゃうと「この人はどういう顔をして、どういう所に力を入れてるんだろう」っていうのがなかなか伝わらないだろ?

―――そういう溝を埋めるために、いわゆる“オフ会”が開かれたりしてますよね。

目崎:で、おれの場合、講演なんかやると、「あ、ここが大事な部分だな」とか「この先生ワケわかんないけど、こんなに一生懸命やってるんだから、たぶんここが重要なんだな」ていうのが体感してもらえる。大学の授業ってそういうもんだったよ。何が大事なのかをどこで知るかっていうプロセスがね。授業って、学生にとっては「今この教師は何を訴えたいのか、何を伝えたいのか」っていうのを読み取る“センスを鍛える場”なんだよな。逆にこっちにとってはライブショーみたいなもんなんだけどさ(笑)。

―――学生は観客みたいなもんですよね。特に私立大学は(笑)。

目崎:でもやっぱり年齢的なギャップは大きいよ。琉球大学の時のゼミなんかはさ、おれも30代だったから兄貴分の立ち位置で出来ていたわけなんだけど、今は親からおじいさんの領域なんだもん。そうすると、同じ言葉でも相手の捉え方が全然違う。だから教育者ってすごく大変なんだよ。毎年毎年、自分の年齢がひとつずつ変わっていくのを受け止めていかなきゃいけないじゃん。年齢とともに、相手への伝わり方が全然違ってくるんだから。

―――それは一般企業の年輩の方や、管理職の方も感じていることかもしれないですね。

目崎:な、同じことだよ。でも今はそれだけじゃなくて、学生や若い連中が何を考えているのかなんていうのは、例えばゼミ時代の女の子達がFacebookに言葉をどう紡ぎ出すかによって、「あ~、悩んでるんだな」とか分かってくる。表現法が微妙に変わってくるから。Twitterもそうなんだろうけども。

―――その時々の表現の仕方とかで、気持ちの浮き沈みとか結構分かったりしますよね。同じつぶやきでも、タメ口だったのがいきなりですます調に変わったりとか。

目崎:今、ゼミ生のつぶやきを世代ごとに見てるとさ、「結婚した」ってグループと、「子どもが出来た」ってグループと、「一生懸命相手探してる」グループとで、それぞれ微妙に表現の違いが見え隠れしてる。20代後半から30代前半くらいか…今みんなちょうど揺れている時期なのかもしれないな。例えば「このまま仕事を続けるのか」とかね。(続く