土井田一将
「人ってみんなもともと三角形をしていると思うんだ。でも、学校や社会の中でこれではダメだと、みんな無理に丸にしていく。でも結局、何年か経ったあとに、これは自分じゃないって気付くと思うんだよね。本当は、三角形のまま突っ走ればいい。社会に出ればどうせその三角形が丸くなるんだから。それが角の丸い三角形か、楕円形かは分からないけれど…そうやって社会の中での“自分”が生まれていくんじゃないかな」

絵と音楽の複合イベント『Bath Room』―pool桜台で開催決定

―――いつから芸術に興味が湧いたのですか?

土井田:本当に興味が出たのは一年前・・・いや、今日とか昨日とか、まだ興味の途中であってまだ本当の意味では興味を持ってないのかも。

―――いつ作品を?

土井田:学校に入ってから。そこでは学校や社会の価値観が全てだったので、それらを作品にしてた。

―――学校では何を学ばれたんですか?

土井田:精神力。学校は全力で僕を否定してくる。でも、自分のままで作りたかったから。それを学校は許さなかったんだ。学校のプレゼンテーションで初めてチラシを作って配ってたら、原宿のギャラリーが絵を飾ってみないか、って言ってくれたんだよね。そこで絵が欲しいと言われたことが、僕の価値観を変えたのかもしれない。売らなかったけど。

―――え、売らなかったんですか!?

土井田:売ったらいいっていう考えはすぐにできるけれど、まだ感覚的に作品に納得できなかったから売らなかった。その時は売ることの意味を感じられなかったから。

―――土井田さんにとって、絵を描くことって何なんでしょうか?

土井田:時間稼ぎかな・・・。人は何者かになるために忍耐が必要で、言葉は悪いけれど、そのための時間稼ぎかな。

―――絵を描くことが忍耐になっている?

土井田:自分が覚醒するまでの時間稼ぎですね。作品を作っているといっても、それは何か意味があるわけじゃない。作品を作る、ということは生きるっていうことなんだ。みんないろんなものに意味を持たせすぎてるんだ。

―――森美術館でのイ・ブル展ではどんな刺激を受けられましたか?

土井田:あそこでは、何でもありのリアリティがあったね。例えば昨年、東日本大震災が起こったけど、それは起こるべくして起こったもので、僕らには正直そのリアリティがなかったんだ。何が起こってもおかしくない世界でしょ。そういう僕らが持っていないリアリティがイ・ブル展にはあったね。

―――今おっしゃったリアリティって、具体的には何でしょうか?

土井田:イマジネーションかな。何でも起こりうるんだ、っていう。それを僕は作品にしたい。

―――「愛が足りない」という言葉をよく使われていますよね。

土井田:確かに「愛が足りない」っていう言葉をよく使っているけど、愛はあってもそれが反映されないシステムが世の中に蔓延っているんじゃないかな。

―――今回のイベント名は『Bath Room』ですが、このネーミングの意図は…?

土井田:一人ひとりのアイデンティティに必要な要素があって、みんなの価値観や感覚をシャワーみたいに浴びれば、自ずと体に染み付いていくのではないか、と。

―――『Bath Room』のあとは?

土井田:今度は一人で作品つくりに身軽に没頭する時間が欲しいかな。仲のいい友達を大切にしながら。

―――逆に、いまのような人間関係を大事にしていくと、また見えて来る世界があるんじゃないですか?

土井田:僕は自己満足でいいと思う。今回のチームも僕の自己満足でついてきてくれた人だし、そこにいる人たちだって自己満足だよね。結局、人生自分のやりたいようにやるしかないよね。

―――結構いろんなものに反抗していますよね。

土井田:僕は不器用だからね。貫くしかなかったんだ。

―――アイデンティティを重要視されている?

土井田:自分の考えを持つっていうことかな。客観的に自分っていうものを持って初めて社会に入れる。社会と離れることができる場所って意外となくて、僕は絵を描いているからそういう場所があったけれども。よく考えれば、そういう場所が少ないですよね。みんな自分を持っているのに、こんな自分ではダメだと思っている節があって、価値観を広げて、あ、こんな自分がいるんだっていうことに気づいて欲しい。まだ、決めるのは早い。

―――自分を偽ることができないんですね。

土井田:偽ろうとしても長続きしないよ!自分の意見を持っていればいいんだよ。そのあとの辻褄あわせをすることが愛なんだね。僕はそれを言葉にできなかったから、絵を描いているんだろうな。結局、愛さえあれば生きていけるんだよ。「生きていれば、生きていける」っていう矛盾もあるけどね。

―――今回のイベントは楽器を持ってきて、絵の具を持ってきて…なんかすごいことになってますけど、どうなっちゃうんですか?

土井田:いろんなことをやればいいと思う。とにかく、ものの見方が変わるくらいになって欲しい。

―――「何のために生きるのか」っていうのは、土井田さんの中にありますか?

土井田:愛のために生きる。好きな人のために生きることが一番だよね。

―――どういう瞬間に、絵を「完成」とするんですか?

土井田:これ以上やっても仕方がないというのはある…かな。自分がシフトチェンジしてしまえば、完成というより他に興味が出ちゃうからね。

―――将来的にはどうなりたいですか?

土井田:愛する人といたい。もちろんクリエイティブがあるのは前提だけどね。

描いてるところ

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このインタビューで一つはっきりしたことがある。

それは、土井田氏が常に進化を遂げているということだ。僕の実体験からしても、1日目と2日目でさえ違っていた。それは彼が自らとてつもない矛盾を抱えているということだけではなく、そういった自分を快く迎えてやろうという“生きる姿勢”から来るものだ。

土井田氏は自由を模索しているが、同時に「愛する人」を欲する。「一人で自由になろうと思ったけど、まわりにいたみんなが自由にしてくれたし、そういうことを学んだ」と語る一方で、「関わりすぎるからみんな縛られるんだ。もっと孤独でいいんじゃないか」と憤る。

あえて矛盾性の中に自分の身を置き、同時にそれを抱擁しようとしているのだ。彼の魅力はまさに、その中で達成されていく彼自身の進化にある。

自分の中にある矛盾性を抱擁する勇気を持った彼の作品やイベントに触れることで、私たちの生活にも何かしらの活路が見えてくるに違いない。

土井田氏が主催するBath Room -絵と音楽の参加型イベント-は、いよいよ3月24日(土)18時から練馬区のpool桜台にて開催。参加希望の方はこちらから。

U
ゆう/ライター。名古屋で生まれ育つ。現在は都内某所に潜伏中。日本および世界の中でわれわれがこれから行動するための姿勢を考え、潜伏しながら取材を続ける自称過激派サラリーマン。