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先日、2012年以降の作品について著作権を放棄することを発表したインストバンド「サンガツ」。ネットワーク化によるフリーミアムが広がる一方で、個々の権利擁護が盛んに説かれている昨今、音楽業界にとって喫緊の課題ともいえる著作権問題。ミュージシャンにとって、これを遵守することは死活問題とも言える話のはずだが、なんと今後5年間に生み出される作品について、彼らはこれを潔く放棄しようというのである。また、良い感触を得られれば5年後以降も続けるという。

どう考えても無謀過ぎる彼らの宣言だが、真の意図はいったいどこにあるのだろうか?その秘密はもちろん、彼らのこれまでの作品の中に隠されているに違いない。というわけで、早速『Still Life』と『5 compositions』の2作品を聴かせて頂くことにした。

日常の生活音の中に少しずつ彩りやそれらが併せ持つ温度を投影していく形で曲が構成され、1曲で10分以上の曲も何曲かある。通常、これだけ長いと最後まで聴き続けるのは至難の技であったりするものだが、つぶさに漸進する音の重なりから、つい曲の今後の行方を追いかけたくなってしまうという中毒性に駆られ、気付けば最後まで聴いているという不思議な感覚を味わった。

最後の一音まで見逃さず捉え続けていたいという衝動をもたらすのが、サンガツが創り出すサウンドの真髄である。彼らは昨年の春から『Catch and Throw』という新たな音の取り組みを開始した。これは曲ではなく、音が鳴らされる仕組みを作ることから始まる。様々な人のやりとりの中で、徐々に音が紡ぎだされていく過程を可視化しようとするもので、実験的な要素の強い取り組みである。

今日までに4パターンが彼らのHP上で示されているのだが、そのどれを取ってもジョン・ケージ以来の画期的な音楽の実験と言えるものに仕上がっている。例えば『数列パターン』はBattles的な感性が溢れ出ていたり、『図形パターン』はまるで美術館で堂々と展示される芸術作品そのもので、自分にとって学生時代に鑑賞したサウンドアートの展示会を彷彿とさせるものだった。これらを見るだけでも、彼らの展示会(=ライヴ)に足を運びたくなってしまうことだろう。この底知れぬ魅力は、3.11以後ますます混沌とした日本国内で、新たな音の形を模索しようとする彼らの弛まぬ努力によるものだと確信できる。ミュージシャンであると同時に、研究者に近い姿勢を感じるのだ。

また『Catch and Throw』を抜きにしても、Youtube のライヴ映像などから、彼らのクリエイティビティは容易に体感出来るので、こちらも是非チェックしてみて欲しい。YKK AP のCMなど、実は知らない間に私たちの心象に入り込んでいる彼らのサウンドの奥深さに驚かされるはずだ。



著作権放棄の理由について、メンバーの小泉篤宏が公式サイトでこう述べている。
「良く言われるように、音楽とリスナーとの関係が『所有』から『共有』へ移行していくとするならば、その最大のボトルネックになるのが著作権なのではないでしょうか? もちろん、時代に合わせて著作権の形も変化して行くのかもしれません。でもそれまで待っていられないということで、自分たちを使って作品の流通の仕方を実験してみることにしました」

「また、今現在巻き起こっている音楽の未来像についての議論が、今ひとつ踏み込めない、精彩を欠いているような印象さえ抱かせるのは、『どう音楽でマネーメイクするか』という点から離れられないからではないでしょうか。いったんその制約から離れ、ミュージシャンの論理でなくユーザーやネットの論理に身を任せた先にどんな景色が見えるのか。その景色を見てみたいという思いから、音楽をフリーにすることにしました」

著作権を放棄することで、サンガツの音楽は共有され「風景」になる。本誌のようなブログメディアをはじめとした様々な個人メディアが、彼らの曲をテーマソングとして取り上げる可能性もある。その拡散力・浸透力こそがフリーミアムが持つ最大の効果であり、夢である。サンガツはたぶん、そこまで見越している。

そして何より、彼らは自分たちのライヴに絶対的な自信がある。「ライヴはダウンロードできない」と言ったのは矢沢永吉だが、まさにその精神が彼らにも当てはまる。著作権をあえて放棄し、ネットメディアを介して音楽が無限に拡散した結果、彼らの音楽に触れファンになった多くの人間が、ライヴへの欲求を駆り立てられることになる。今やライヴこそミュージシャンの最も大きな収入源に違いなく、彼らにとって著作権の放棄は“肉を切らせて骨を断つ”意味もあるのではないだろうか。

激動の音楽業界にあって、小売業のごとき物販に明け暮れた結果の“ミリオンセラー”が死後になる日が来るとすれば、全てのはじまりはサンガツのこの行為からだったということになるはずだ。

目先の懐事情に縛られることなく、真に彼らが目指す音楽のあり方にこだわり、マネタイズというしがらみを断ち切って、新たな地平を自ら描こうとする―。彼らのこの行動こそ、現代のROCKだと思っているのは自分だけだろうか。

この場を借りて、心からエールを送りたい。

路考茶
ろこうちゃ/片田舎の音楽評論家。専攻は「環境と音楽」。中学1年で音楽全般に目覚める(受け専門)。田舎ではどうしてもラップ・レゲエや演歌、歌謡曲しか通じないため、本誌を通して密かにROCKMUSICの雪解けを企んでいる。Twitter ID@my8mountain8hop