トークショー
今月12日、『究竟の地-岩崎鬼剣舞の一年』という映画を見てきた。監督の三宅流氏が、2006年から2007年にかけて岩崎鬼剣舞を撮り続けた記録を辿るドキュメンタリー映画だ。まさにタイトルどおり、岩崎鬼剣舞だけを一年間追い、岩崎鬼剣舞だけを撮っている。最初はただ踊っているだけのように見えるが、映画も終盤になってくると、家元の踊りと高校生の踊りの何が違うのか、誰でもはっきりと分かるようになる。表現力が違い過ぎるのだ。

鬼剣舞は、岩手県北上を源流とした、1300年の歴史を持つと言われている伝統芸能だ。もともとは念仏剣舞に分類され、1993年(平成5年)には国の重要無形民俗文化財に指定されている。鬼の面をかぶっているが、悪霊としての鬼ではなく、仏の化身や改心した鬼を意味し、地を踏み鳴らし、悪霊を追い払う。

現在、鬼剣舞の系譜で活動している踊り組は岩手県北上市内に13団体、県内は北上市外に4団体、県外に4団体あるのだが、彼らの生活には鬼剣舞が溶け込んでいる。逆に言えば、鬼剣舞の上に彼らの生活が乗っかっている。農業をしている最中に踊りの確認をしたり、自動車整備工場で働きながら1時間だけ仕事を抜けて踊りにいく。それを許し許される社会が、ここにはある。鬼剣舞を根底とした仕事人生であり、サラリーマン生活なのである。

映画の後にはトークショーが企画されており、今回は三宅監督に加え、文化人類学者の今福龍太氏、映像作家の金子遊氏の3人で行われた。

今福:昨日が東北大震災から1年ということで、メディアではたくさん取り上げられていました。私はその中でも、若くして小さなお子さんを失くされた母親の顔が、深井という能の面に似ている感じがして、不思議だなと思いました。深井の面も同じ意味、つまり、若くして小さな子供を失くした母親がつける面ですから…。しかし、能の面は中間表情と言われて、喜怒哀楽の中間であり、演者の気持ちがダイレクトに伝わるとも言われています。日本の伝統芸能には、封建主義的な抑圧の中で、感情を外に表出しないという特徴的な文化があります。大震災をきっかけに、本来私たちが持っていた起源のようなものが出てきているということに、私たちは直面しているのだと思います。

三宅:今福先生が仰っていることはまさに当たっていて、私が中心的に撮り続けてきた一人加護(グループの中でも一人しか踊れない踊り)はいろんな場面で踊られます。例えば、会社を抜け出して演目に参加しているわけですから、その新年会とかでも踊られるわけです。最後の先代庭元(岩崎鬼剣舞を守る中心的人物)の葬儀のシーンでは、それまでの勇壮な踊りとは違って、その場の雰囲気を壊すことのない静謐な踊りでした。

今福:しかし、ここまで鬼剣舞一筋で撮られるのも、なかなかないんじゃないですか。撮り方はオーソドックスなのに、普通ならその間に入れられそうな、その時の社会的状況とかは一切入ってこない。

三宅:最初に鬼剣舞を見て圧倒され、それから撮り続けていくうちに、「社会的状況とか、そういうのはいらないや」と思い始めたんです。鬼剣舞をとおして社会が成り立っている。それは芸能なんだけれども、関わっていく人間によって個が獲得されていく矛盾を感じたんです。

金子:北上の上には花巻という地域があって、まさに宮沢賢治が生活していたところですが、彼の著書の中にも農民芸能概論というのがありますね。芸術やアートが生活に入り込んでいって、それを中心に生活が成り立っていく。

今福:私がいま関わっているものでは、奄美大島の芸能がありますが、酒を飲みながら踊りや歌の話になると、もう酒の肴はいらないんですね。それが酒の肴になって、そこらで踊りや歌が始まる。

金子:三宅さんは最初の半年は通い続けていましたけれども、後半は住み込みで撮り続けてこられましたね。そのさいの鬼剣舞の方々との距離感みたいなものはいかがでしたか。

三宅:最初の通いのときは、みなさん好意的なんです。でもそれは裏を返せば、距離感がとりやすかったんだと思います。住み込みにしたときには、ある種の緊張感が生まれました。それでも、どんどん仲良くなっていくのですが、一番コアの部分には終に触れさせてもらえなかった感じがありますね。

私はこの映画を見て、素直に「うらやましい」という感情を持った。岩手北上の人々には岩崎鬼剣舞という確固たるアイデンティティがあり、それを基盤とした自身の生活がある。それは欧米にとってのキリスト教やアラブ諸国にとってのイスラム教に近い存在感であり、精神的な下地になっているとさえ言えるものだ。

私たち大多数の日本人には貨幣経済という生活基盤はあるが、残念ながら、かつてあったはずの精神的・文化的な基盤は伝承されて来なかったのではないだろうか。東北の復興を考える際には、インフラや箱物整備といった上っ面の生活基盤だけでなく、こうした精神的・文化的基盤の復興までを視野に入れて考えなければならない。それは東北だけでなく、日本そのものの復興に直結する視座に違いない。(続く)


U
ゆう/ライター。名古屋で生まれ育つ。現在は都内某所に潜伏中。日本および世界の中でわれわれがこれから行動するための姿勢を考え、潜伏しながら取材を続ける自称過激派サラリーマン。