日本漂流
【読者の皆様へ】
この記事は、livedoorブログ奨学金の奨学生ブロガー7人による共同企画「正力・原発、日本の漂流」の一環として書いています。ブロガーのテーマは様々ですが、一つの企画で書くことで、何か見えてくることがあるのではないか?そんな思いで始まりました。
今回はいよいよラスト2巡目!ブロガーによってテーマの掘り下げ方が全く違うところが非常に面白いと思います。

明日4月12日は、「まんがで気軽に経営用語」さんです。


巨怪伝〈上〉―正力松太郎と影武者たちの一世紀 (文春文庫)巨怪伝〈下〉―正力松太郎と影武者たちの一世紀 (文春文庫)

前回お話しした通り、佐野眞一氏が「巨怪伝」「カリスマ」「あんぽん」という一連の作品群で描き出した日本人の、特に日本のエリートの劣化とはどういうことなのでしょうか。「野球の記録で話したい」の中でも指摘されている通り、正力を代表とする戦前世代と、ナベツネを代表とする戦後世代では、いわゆる「エリート」と言われている層の性質そのものが決定的に異なっています。

その違いとは、「自ら山を築き、その山を一人で登った者たち」と、「すでにある山を、いかに登るかしか考えてこなかった者たち」との差でした。消費社会の立役者である戦後エリート層にとっては、その山さえも消費の対象でしかなかったのかもしれません。

では、その山は現在どうなっているのでしょうか。

*    *    *


『大きな山』

あるところに、大きな山がありました。それはそれは大きな山でした。

その山は代々「日本人なら誰でも一度は登るものだ」と教えられていた立派なものでしたが、頂上付近はずいぶん前から「戦後エリート」と呼ばれる登山家の親父たちによって埋め尽くされ、今では彼らが年中花見を興じているような状態です。

その山を遠くから「諸外国の山よりはキレイかもな」と思って見ていた現代の若者は、登山家の親父と一緒に花見をするのも悪くないかと思い、山のふもとまで来てみたのですが、そこで愕然としてしまいました。山がゴミで埋め尽くされていたからです。

親父たちはこの山を登るときに、水や食料のゴミを山道にポイ捨てしていきました。さらに、頂上で花見をしている今ですら、酒やツマミは飲みっぱなしの食べっぱなし、ゴミは散らかしっぱなしの有様。とりあえず手元に大きなゴミ袋だけはあるので、そこに「エコ」だの「コンプライアンス」だのブツブツ言いながら一応詰め込んではいましたが、そろそろ頂上もそうしたゴミ袋でいっぱいになってきました。

ここで、普通はゴミを持って下山しようと考えて欲しいところですが、頂上からの絶景を手放したくない彼らは、山のふもとで学生や新社会人が呆然としているのを見て、持ち前の“根拠なきポジティブさ”で乗り切ろうとします。「そうだ、このいっぱいになったゴミ袋をここから下に転がせばいいんだ!」「きっと、ふもとにいる若者たちが処理してくれるに違いない!」「そうしましょったらそうしましょ!」

親父たちは頂上からゴミ袋を一斉に転がし始めました。がしかし、なかなかふもとまで行き着きません。ビニール袋が破れて5合目あたりで分解してしまうからです。すると、花見をやめさせようとする団体を仕分けした政治家が、なぜかそのゴミ袋を破れないものに強化するための研究費だけは頑張って通しました。すると、なぜか「頂上にいる多くの人のため」「山をキレイにするため」と、上場しているような大メーカーもこぞって頑張りました。商売になると見込んだのでしょう。そうして日本の高度な技術力が惜しげもなく投入された結果、ただ丈夫なだけでなく、途中の山道に落としたゴミも雪だるま式に巻き込みながらキレイにしてくれる夢のゴミ袋が驚きのプライスで開発されました。

そうして、頂上で一杯になったゴミ袋がふもとまで転がることで、山全体がキレイになる仕組みが完成しました。

しかし、すでにその山に登ろうという若者はめっきり減っていました。ゴミの山に登るくらいなら、ふもとでバーベキューでもしていた方が楽しいと思えたからです。ところが、そこに大量の巨大なゴミ袋が転がってきました。親父たちが頂上で転がした時よりも数倍に膨れ上がり、ゴミの大玉転がしのようになっていました。ゴミの大玉が勢いよくぶち当たり、バーベキューセットはなけなしの肉もろとも滅茶苦茶に壊れてしまいました。バーベキューセットだけならまだしも、ゴミの大玉につぶされて重症を負っている人もかなりいるようです。これではキャンプどころではありません。

「なんてことするんだ!」若者は頂上の親父たちに向かって叫びました。

頂上で、かつて登山家だった親父たちは、若者を見下ろしながらこう言いました。「悪い、悪い!悪気はなかったんだ。でもゴメン、それ、捨てといて。」


*    *    *

ひねくれた酷い話だと思われるかもしれませんが、今この国で行われていることは、この話と大差ないのではないでしょうか。

このようなエリートの劣化、特にエリートと呼ばれる層の「品性の劣化」により、分かりやすく言えば「目指すべき先輩がいない」状況が日本国内の全職種全業態で見られるようになりました。ここでは具体例をあえて避けていますが、下山を拒み、見晴らしのいい頂上からゴミを転がせば何とかなると思っている先輩を、尊敬する後輩などいるはずもありません。これこそが、まさに目指すべき方向性を失った「日本の漂流」そのものだと本誌は考えています。

では、この話の「若者」ないし「後輩」たる私たちは、いったい今後どういう生き方を目指すべきなのでしょうか。
完本 カリスマ―中内功とダイエーの「戦後」〈上〉 (ちくま文庫)完本 カリスマ―中内功とダイエーの「戦後」〈下〉 (ちくま文庫)

ここで参考になるのが、「自ら山を築いてきた」明治・大正生まれの日本人です。賛否両論こそあれ、明治生まれの正力松太郎や、大正生まれの中内功も、その中の代表であることは疑うべくもありません。警察官僚として異例の出世を果たし、下野した後も新聞という言論の力によって権力の中枢を駆け上がり、総理大臣以上の影響力を保持し続けた正力。また、一代でダイエーを巨大チェーンに押し上げ、それまで他産業より格下に見られていた小売業の社会的地位を向上せしめ、経団連副会長にまで成り上がった中内。どちらも、マニュアル本などに書かれている「処世術」などでは片づけられない、とてつもない生き様…まさに執念の賜物だったといえるでしょう。

こうした私たちから見て「ひいおじいちゃん」である正力、もしくは「おじいちゃん」である中内の世代こそ、現代の私たち20代~30代にとって、良くも悪くも「学ぶべき先輩」なのではないかと本誌は考えています。というのも、私たちが今見ている世界観が、世紀を超えて、再び明治・大正世代がかつて見ていたそれと似通ってきているのではないかと思えてならないからです。

満州・韓国をも含めた「アジア」から、ラジオと新聞で「世界」を見ていた現在80歳以上の曽祖父母(正力)ないし祖父母(中内)の世代と、戦後の「日本」から、テレビで「アメリカ」を見ていた父母(ナベツネ)の世代とは、そのスケール感に大きな断絶があります。そして今、インターネットの普及により再び「世界」に目を向け始めたのが私たちの世代だとすれば、ドメスティックな価値観の父母世代より、むしろ祖父母らが持っていたグローバリズムにこそ親和性を覚えるのは当然のことかもしれません。

つまり、団塊の世代で断絶していた日本の民族観が、サンドイッチ状になって再び見直されているのではないか?ということなのです。

昨日、朝のNHKで興味深いニュースが放送されていました。今の高校生の中には、日本の大学には目もくれず、最初から海外の大学に進学するつもりで受験勉強している子が増えているのだそうです。高校の中には「海外大学進学コース」を設けている学校もあるといいます。「今の日本の大学には学びたい科目がない。行っても2年間適当に過ごして、3年目からは就職活動。自分はちょっと違うなと思った」という女子高生は、ウィスコンシン州立大学マジソン校に現役合格。「世界ランキングで東大は30位だけど、ウィスコンシン州立大学マジソン校は28位。東大よりいい大学に受かって嬉しい」と笑顔で応えていました。

このニュースを見て、何だか自分の半生を全否定されたような気持になってしまいましたが(笑)、少なくとも、こんな価値観と知見を得た世代が4年後には社会人として世に出てくるのです。私たちもうかうかしてはいられませんね。

近代日本という『大きな山』を築いたのが正力世代、その山を一時とはいえ世界一の高さまで登り詰めたのがナベツネ世代だとすれば、もはや伝説となったその山のふもとのゴミを埋め立てながら、裾野を広げ、山の高さよりも大地の広さを誇ろうとする価値観にシフトさせるのが、次世代サラリーマンたる私たちカザーナ世代の使命と言えるのかもしれません。

明日4月12日は、「まんがで気軽に経営用語」さんです。
変 周長
へん・しゅうちょう/1981年愛知県生まれ。本誌編集長、クリエイティブマネジャー。
Twitter ID: @_CAZANA