石原慎太郎
石原都知事が尖閣列島買取り宣言で中国を挑発しているが、その過程で「俺は毛沢東の書籍を読んでいる。彼のことはある種尊敬している」と言っていたそうだ。これは東アジアでの交渉術として、実に正しいやり方だ。名古屋市の河村市長とは違う。あれは日中友好40周年で来た使節団に、突然喧嘩をふっかけた格好になってしまった。

東アジアのマナーの基本は、「朋遠方より来たる。また楽しからずや」という、あまりに有名な論語の一文にこそある。とすれば、河村市長が今回取った一連の行動がいかに最悪だったか分かるだろう。

いついかなる時も不変硬質な態度を良しとする欧米の一神教的世界と違って、東アジアは「相手によって言葉を選ぶ」という礼儀で成り立っている。それを一方的に無視して持論を展開してしまっては、向こうもまた非礼で返すのが当然ということになってしまう。それが東アジアのマナーだ。

これが逆に、名古屋の使節団が南京市に行って話していた内容だったとしたら、また違った展開になっていたはずだ。まあ日本のマスコミの馬鹿さ加減も大いに悪影響を及ぼしてはいるのだが…。

俺も河村市長と同様に、親戚縁者からの伝承と経験則から「南京大虐殺はなかった」という立場を取っているが、河村市長の一連の態度には反対なので、今回については中国側に付くことにしている。

さて、こうして物議を醸している尖閣列島の買取り理由について、都知事には領土保全以外に別の思惑があったという面白いニュースが流れてきたのだが、なぜか早々に消されてしまっていたので、ここにあえて再掲しておきたい。 

都民の一部を尖閣列島に強制移住も…石原都知事の苦渋の思惑

訪米中の石原慎太郎・東京都知事が、東京都による尖閣諸島の土地買い取り構想を発表したのは、単なる思いつきではなかった。

石原知事は昨年3月に東日本大震災の発生直後に「天罰」発言を行ない、社会に大きな反響を与えたが、その後は、東京電力福島第一原発の爆発事故が都内にまで汚染地を広げていることに、公の場で発言こそしなかったが、大きな懸念を抱き続けてきた。

さらに昨年以来、東京都の震災再発の可能性が上方修正され、津波被害の頻度や規模も従来予想を上回ることが判明して、都民の安全をどうやって確保するのか、気を揉んできた経緯がある。

そうしたなかで、東京都が自治体として尖閣諸島を購入するという、一見とっぴな構想が知事の周辺で語られるようになり、領土の保全との一石二鳥が期待できる良案として、知事サイドで具体的な実現可能性と実務手続きの検討が続いてきた。

尖閣諸島を東京都が所有する最大の狙いは、確実に深刻化している都内の放射能汚染地域から住民を強制移住させる居住可能地を確保するというもの。将来確実視されている津波被害も考え合わせ、いわゆる「海抜ゼロメートル」地域、具体的には東京南東部の一部の区が、この移住政策の対象になる予定だという。
――読売新聞 4月17日(火)11時23分配信

こんなことまで考えていたのかと思われるかもしれないが、これも石原都知事の決断が正しい。確かに、福島原発の4号炉は未だ予断を許さない状況だ。

残念ながら、東京が破滅する可能性はまだ残っている。もし再度強力な直下型地震が福島に来れば、4号炉のプールが崩壊して、福島原発は放棄される。冷却不能になった放射線物質が臨界を起こして、周辺250Kは確実に破滅することになる。しかもこれは稼働しているかしていないかが問題ではなく、そこに福島原発が「ある」だけで引き起こされる事態なのだ。

その場合の避難場所というなら、これは正しい選択だ。しかもこういう避難民がいれば、いくら中国でもそうそう手を出すことはできない。状況をうまく利用した良案とはいえ…恐ろしい手を考えるものだ。

もちろん「魚釣島でも3.8平方キロしかないのに、そこに都民が移住するのは無理ありすぎだろw」という意見も出て来そうではあるが、もちろん全員じゃなくてもいい。こういう所に、数千でも都民が移住してくれればいい。実現どうのこうのより、こういう危機管理の思想がある政治家がいるのは日本人として嬉しい。

さすがは周恩来が唯一認めた日本の政治家というだけある。



1978年、日中平和友好条約が周恩来と田中角栄とで結ばれたときに、周恩来は中国との友好が成った瞬間に台湾を切り捨てた田中角栄を「なんということだ…あの男は我々が役に立たなくなれば、同じように我々を切るだろう」と呆れ返ったという。

まさに「大国を治むるは小魚を煮るが如し」。この場合、台湾と離れるにしても方法はあった。言を左右にして、実質を引き伸ばせばよかったのだ。

思えば戦前の満州からの撤兵要求でも、そういう選択肢はあった。「万里の長城以南からの即時撤兵、しかし満州で時間稼ぎ」という「脱原発依存、しかし当面は原発再稼動」に似たやり方もあったはずだ。

「総論暴走・各論崩壊」は日本人の国民病で、田中角栄もその一人だったのかもしれない。拙速は尊ばれるスキルだが、こと大国の外交では問題になる場合が多い。

周恩来が訪中時の角栄に贈った詩の内容は、「あなたは何事もすぐやる人だ」というものだった。それを知った角栄は喜んだという。だが、実はその詩には後段があった。それは「なんでも事を急ぐのは共に語るに値しない小人だ」という意味だった…。

痛烈な周恩来の皮肉。以後、日中関係はその主従関係で続いている。角栄は外交能力が皆無に近かった。アメリカにも結局その一点を突かれて失脚した。

その時、周恩来が「あれこそ、信用するに足る政治家だ」と激賞していたのが、青嵐会の石原慎太郎だった。彼はこの時期、「恩義のある台湾を突然見捨てるとはなんたることか!!」と、少数ながら堂々の論陣を張っていたのである。

なんだかんだ言っても、中国は政治家・石原慎太郎の力量を認めている。今回も慎重に態度を選んで来ている。日本の数の政治と違って、一人の指導者が国を率いてきたのが中国。そういう意味で、人を見極める目は中国人の方が上なのかも知れない。

かつて俺が出会った旧帝国陸軍将校も、「まさか毛沢東のような偉人が出るとはな。中国は英雄一人の出現で変わる国だ」と言っていた。中国と付き合っていくには、それなりのスタイルや流儀がある。少なくとも、集を頼んで感情に訴えるのは畜群と呼ばれて、支配の対象であっても交渉の対象ではない。日本はおそらく、そう見られている。それが“中華思想”と言われるものの本質だ。

世は激動の時代を迎えている。こんな乱世に遭遇した我々は本当に運がいい。70年周期説に従えば、この国は今、明治維新や太平洋戦争終戦と同時期にある。人生を賭して大陸を渡り歩いてきた俺が、今こそカザーナ読者にユーラシアとの付き合い方を教えよう。

瀬戸内平八
せとうちへいはち/愛媛県出身・在住の歴史家、旅人、ニート…何でもいい。本音持って来い!自由とは、覚悟の色、矜持の風。人生を検索するな!結果のバランスを取るな。大義親をも滅ぼす。知行同一。間違ったら即焼き土下座。優しさを捨てて寛容になれ。そして敵を祝福せよ。