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勇気を出して「マリハラ」と言ってみる。つまり、主に親戚のおばちゃん軍団からの“結婚しろ”攻勢を、「マリッジ・ハラスメント」と表現してみてはどうだろうか。軽い気持ちで友人たちに提案してみると、予想外に皆様切実に「それ、広める!!」と反応を下さって驚いた。

調べてみると、どうやら俗語として、すでにあるにはあるらしい。日本語俗語辞書によれば1994年から使われている言葉ということだが、全く広まっていないではないか。かくいう筆者も、「まあ横文字にしとけば独身者も市民権が得られるんじゃないか」程度の思いつきだったことは否めないので、調べてみて何だか申し訳ない気持ちになった。

だが、友人たちの苦々しい思いもよく分かる。なぜなら、未婚という名札をつけていると、おばちゃんおじちゃんじいさんばあさんから「いい年なんだから」と、何かと攻撃の的にされてしまうからである。

親切な年配諸氏は、何でそんなに未婚ちゃんが気になるのだろう。

答えは「結婚していないから」という同語反復にしか行き着かないような気がする。つまり、それ以上掘り下げても無駄なのである。たとえ恋人と惚れた張れた中であろうが、合コンに行きまくっていようが、本当に結婚するまでは「未婚」のステータスのままである。結婚という状態に行き着くまで、はなから言い訳は聞いてもらえないのだ。

なんという成果主義の世界であろう。田舎のおばちゃんズは保守的に見えて、成果を求める近代思想だったのである。満足する結果が出るまで跳ね返すところは、タチの悪い上司のようだ。

というわけで結婚圧力も、パワハラ等々の如く、マリッジに関するハラスメントではないかと筆者は思い至ったのであった。



しかし、他のハラスメント業界(?)の「セクハラ」「パワハラ」「アルハラ」「ブラハラ」などと比べると、実は「マリハラ」なんて言ってみたって、結局内輪色の言葉でしかないというのも事実だ。

前述のハラスメントは、社会的エチケットや職場環境、生まれ持った特性など、誰もに馴染み深い状況や特徴に対してのものである。だが「マリハラ」は、切実な思いこそあれど、ごく限られた場面でしか適応されない。

しかも、世の中には結婚圧力を適当に流してうまく生きている人もいるし、田舎のばあちゃんズでなくても、結婚について肯定的な若者もいる。既婚者で充実した生活を送っている人も沢山いる。そういう側から見れば「何をこじらせてんだコイツらは」という印象にしかならないだろう。

しかし、こじれる人はこじれるのが結婚観というものである。こじれ仲間の話を聞いていたりすると、結婚しない原因は、決して「なんとなくとか恥ずかしがってたり」とか「出会いがないから」とか「恋愛下手だから」などという、それらしい理由だけではない。普通に生活し、普通に異性とのコミュニケーションを楽しんではいるが、たまたま結婚と縁がなかったりするだけのことが多い。

社会や制度の問題は別として、少なくとも私の周りの中流層では、なぜ結婚できないのか等々は最後は各人の問題である。ただ、未婚状態かつちょっとこじれ属性のある人からすると、結婚圧力は理屈抜きに傷つくのである。傷つくどころか怒髪天を突くモードになったり、拒絶反応が出る人もいるかもしれない。

価値観とか社会とか理屈以前に、嫌なものは嫌なのである。おばちゃんズにしてみれば、子供の駄々に聞こえるかもしれない。だが、肉を食べるのがどうしてもできない人がいるように、結婚を金科玉条にかざすのをためらう人もいていいじゃないか?人生の一時期の戸惑いではあるが、いっときのことでも不快なものは不快なのである。

「マリハラ」は、時間的な普遍性もないし、誰もに理解可能な概念ではないかもしれない。おばちゃんズに対して叫んでも、残念ながら大した効果はない。だが、マリハラが気になる同士で、こんなマリハラがあってさ、と語るのに使い勝手がいいのではないだろうか。結婚圧力という重々しい言葉よりも、「こういうのは私にとっては嫌だ」という気持ちをストレートに吐き出しやすいのではないだろうか。

ジェンダーや結婚観を揺るがすようなパワーはないかもしれないが、冒頭で紹介した切実に不快感をもっている人たちのクッション剤のような言葉として広まっていけば幸いである。

しろべえ
しろべえ/愛知県出身・東京在住のSE。ピアノを弾くのが好きです。曲作りも鋭意勉強中。習作をmyspaceにあげています。