次期iPhone
次期 iPhone はディスプレイ大型化、「最低でも4インチ」とウォールストリートジャーナルが報じているらしいが、アップル早くも瓦解し始めたか…この流れは決してジョブズの志を反映していない。そうじゃないとすれば、他メーカーの開発計画を錯乱させるための罠としか思えない。もしくは、もうアップルがジョブスの継承者ではないのか…。

俺はインドを旅行中、インドで麻薬中毒者になり、その津波におそわれながらも偶然生還した人間と出会った。ずっと一緒に旅してたから色々話を聞けたのだが、彼がそこで言ったのは、「日常は奇跡の連続で成り立っている」ということだ。

目の前で体を使って、「日常を支える奇跡」を表現してくれた。それは、日常の動作の分析だった。

彼は麻薬によって「物を食べる」「歩く」「考える」これらの無意識にできる行動について深刻な障害を経験し、だからこそ、それを分析し表現することができるようになっていたのだ。

例えば、物を口に運ぶという行為でさえ、数種の関節稼動から成り立つ。先ずは肩甲骨の稼動による肩関節の上下。それから肘の回旋による指向性の決定。尺骨の上昇と同時の手首の稼動と固定から指先の稼動の選定だ。

麻薬で脳がやられると、最初の肩甲骨の稼動が自然にできなくなり、テーブルに肘をついたまま、肘から先だけが動くというような事態が起こるそうだ。

歩くときに手と足が同じ方向で出たり、咀嚼するときに前歯で噛み切ったものを舌で奥歯に運ぶという行為ができなくなったりする。また、自覚しないと歯で舌を噛み切ってしまったり、まっすぐ立っていても、気がつかない間に傾斜して倒れるとか…とにかく平常では考えられない症状が相次ぐ。小脳などで当たり前のものとしてインストールされている生存プログラムがエラーを来たすのだ。

だがその代わり、その潜在的な能力を大脳に回すことができるのだという。彼はそれを「思考と無意識の融合」と呼んだ。これを経験すると、内部器官や外部現象を恣意的感覚で動かす方法が分かるようになるらしい。自分の体の動きを客観的に判断できるだけでなく、機械などを自分の感性の延長で使えるようになるというのだ。つまり自分の体も、機械も同じ「部品」ということになる。

それだけではない。論理でなく行動でその場を支配する方法も分かるようになるらしい。彼が言っていたことで特に印象に残っているのは、「言葉でなく、行動で人を動かすことができるようになるよ」ということだった―。

ジョブスが iPhone を感覚的に使えるように企画できたのは、この種の行動障害の経験から、それを改善する方法を知っていたからではないだろうか。それはそのまま「機械を人間の無意識行動に近づける」ということになる。ジョブスはおそらく、一回壊れたことのある人間だ。

俺が iPhone を初めて手に取ったとき、「これは…やりおったな!!」と直感した。インドでのこの話を思い出したからだ。

この流れは、必ず人間と機械の融合に繋がる。にも関わらず、iPhone のディスプレイが大きくなるということは、視覚効果に囚われて、人間と機械の融合から遠ざかるということだ。

ジョブスの志は、決してそうではなかったはずだ。彼が将来作りたかった iPhone は、きっと手に取るものでなく、体の中では「脳」と、体の外では「世界」と繋がる、新しい「器官」だと俺は思う。

「あなたがテレビのスイッチをオンにするのはあなたが自分の脳のスイッチをオフにしたい時だと思います。それに対してコンピュータで仕事をするのは、脳のスイッチをオンにしたい時ではないでしょうか。」―――スティーブ・ジョブス

瀬戸内平八
せとうちへいはち/愛媛県出身・在住の歴史家、旅人、ニート…何でもいい。本音持って来い!自由とは、覚悟の色、矜持の風。人生を検索するな!結果のバランスを取るな。大義親をも滅ぼす。知行同一。間違ったら即焼き土下座。優しさを捨てて寛容になれ。そして敵を祝福せよ。