「沖縄の環境問題って、実は沖縄にいる時はあんまり出来なかった。本格的にはな。場合によっては沖縄県に反対することになるわけだから。国に反対、国立大学に反対…そんな教官困るじゃん!っていう部分もあるわけだよ。まぁ、おれは関係ないけどな(笑)。」

謎のサルタヒコ

『大学教授』の目崎茂和

―――そろそろ話題を南山大学へと移していきたいのですが、最後に一つ三重大について質問させて下さい。琉球大学から三重大学に移られて、職場環境の違いから大きく変わったことなどはありましたか?先生の生活や、研究の中身等でも構わないのですが…。

目崎:そうだな、本格的に沖縄の環境問題をやり始めたことかなあ。

―――えっ?三重大に来てからですか?

目崎:そう。それまではサンゴ礁の研究をメインでやっていたわけだけど、より大きく、自然環境学として。沖縄の環境問題って、実は沖縄にいる時はあんまり出来なかった。本格的にはな。場合によっては沖縄県に反対することになるわけだから。国に反対、国立大学に反対…そんな教官困るじゃん!っていう部分もあるわけだよ。まぁ、おれはそんなの関係ないけどな(笑)。だから、実は三重に来てから沖縄研究が本格化したっていう部分も大いにあった。

―――離れたからこそ出来ることがあるわけですね。

目崎:たくさんある。もちろん悪口っていうわけじゃないんだけど、「異論を唱える」っていうのは、同じ組織の中にいてなかなか出来る話じゃないよな…徹底的には。その中で給料もらってるのに、なあ。

―――そこは会社組織と一緒なんですね。

目崎:一緒だよ。でも中に異分子がいない会社ってダメだから、やっぱり文句を言うようなヤツが一人くらいいないとね。

―――そういうキャラを重用したり、大切にしようとする良きマネージャーがもっと増えてくれたらいいんですけどね。

目崎:そういう視点が一番大事なんだよな。「面白えヤツだ」って、買ってくれるのがね。

―――まさにそこをもう少し掘り下げたいのですが、先生のように初任地の琉球大学から三重大学に、さらにそこから南山大学に行かれたっていうのは、ある意味「転職」みたいなものだったのではないかと。もちろん大学教授という仕事自体が変わるわけではないにせよ、環境もガラッと変わるでしょうし、ひとつのキャリアを引っ下げて行かれる分、環境次第でルールの微妙な違いとか…苦労されることも多そうだなあと。

目崎:おれは大学教授って、芸者みたいなもんだと思ってるからな。お呼びが掛かるっていうのは、認めてもらってるってことじゃん。そしたら何とか行ってさ、応援してあげたくなるじゃん。

―――声が掛かったら、お呼ばれがあったら行くってことですか?

目崎:そうそうそう。そりゃもちろん色々相談をした部分はあるけどな。南山に行くにあたってはさ、三重大の教官なんかに「どうしてやめるの?」って言われた経緯もあるから。でも三重大では一番有名な教官になってるんだから、もう別にね、面白くないじゃん。それに、昔からおれは私学向きだって言われてたんだよ。自分の売り込みが上手いって。

―――そう言われる理由は何となく分かる気がします(笑)

目崎:「自分が売り込まないで誰が自分を売り込んでくれるんだ」ってよく言うんだけどな。自分の芸だからさ、これは。元々商売人の息子だからかも知れない。浅草の浅草寺だとか上野の闇市なんかで親父の手伝いしてたからな。

―――お父様は何をされていたんですか?

目崎:米屋だったんだけど、戦争の統制で出来なくなったから、米よりも腐らない瀬戸物や器屋になったわけだ。だから南山から呼ばれた時も、瀬戸にキャンパス造るって言うから決めたんだよ。中学の時に親父に連れられて窯元何軒も歩いてるからな。

―――そうだったんですね!窯元って…瀬戸のですか??

目崎:おお。あの頃は瀬戸や多治見から問屋さんが毎日のように家に来てたよ。その中の一軒は、娘が南山に入ったのがきっかけで再会したんだよな。さっき伊勢神宮の話もしたけど、三重大学に呼ばれたのも南山大学に呼ばれたのも、やっぱり何か宿命的なものがあるわけ。実は研究内容がどうのこうのの問題じゃないんだよな。やっぱり天命じゃないんだけど、そういうのが聞こえることってあるじゃん。そういう流れには、別に逆らう理由も無いわけで。

―――でも、そんなに色んな大学から呼ばれる人っているんですか?

目崎:あんまりいないだろうな。確かに少ないな。

―――それは会社員も同じだと思うんですよ。求人サイトがよく「スカウト機能」とか作ってますけど、結局のところ、それだけではなかなかマッチングがうまくいかない実情があるみたいで。そういうシステム化されたものじゃなく、先生みたいにリアルに「お声が掛かる」っていうのはやっぱり…

目崎:すごいよねぇ。

―――そうですよね。そこで、それこそビジネス書じゃないですけど…「お声が掛かる」ための日々の心積りみたいなものがもしあれば、こっそり教えて頂きたいんですが。

目崎:そういうのは一切無いな。

―――う~ん、やっぱりそうですか(笑)

目崎:おれはやっぱり、素直に自分から全部見せちゃうってことだよ。相手に受け入れられるかどうかはとりあえず考えないで。そこで受け入れられなければそれまでだし、もし受け入れられそうな人がいたら、「彼は他のヤツとは違うな」とか、「コイツは自分で鎧をまとっているわけじゃないな」とか、そういうことが自然と分かるようになるんだよ。

―――常に自分から、しかも正面から是非を問い続ける。

目崎:うん。あと、講演依頼とかも含めて、いろんな先生から呼ばれたっていうのもあるしな。例えば砂漠研究の第一人者で、三重大学の時に半年間一緒にいただけのような人でも、その後サハラ砂漠に呼んでくれたこともあったし、世界青年の船に呼んでくれたこともあった。その先生と会った瞬間にさ、「こいつとは繋がりを作っておきたいな」とか思うわけだよ。そういうチャンスは逃さないっていう。相手に認められるかどうかって、本当に最初の出会いが大きいんだよな。自分でもなんで呼ばれるのか考えたりすることもあるんだけど。

―――先生呼んだら面白いからでしょうね。

目崎:でも一番嬉しいのは、おれの話を聞いてくれて、「今度はうちの方でもやってもらおう」ってなることだな。この前の日本運勢学協会もそうだったんだよ。ある全国区の組織の研修会でさ、たまたまおれが講演したら「こんな面白い話はない」ってなって。そもそも研修会って、みんな嫌々来るもんだから(笑)。

―――嫌々来たのに、受けてみたら意外と面白かったっていう(笑)

目崎:ましてや大学の先生でもさ、おれの話を聞いた先生方が順番に呼んでくれるんだよ。東京やら大阪やら関係ない。この話はみんなに聞かせたいって。みんなに紹介するのが、その人のプライドなんだよな。「自分の教え子たちにも先生の話を」って言うんで、みんな呼んでくれるんだよ。有難い話だよな、本当に。(続く