「実は『対話型鑑賞』の重要なポイントは、自己の内面を見つめ直すというところにあるのです。自分の意見というのは、とりもなおさず、自分の性格や考え方です。それとは違う他者の性格や意見があって、それをもとに絵画というものを通して自分を見つめ直すことができるわけです。」

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―――「まれびとハウス」で対話型鑑賞を行われましたよね。シェアハウスで対話型鑑賞を実施しようとした意図は何だったのでしょうか?

平野:ええ。「まれびとハウス」では、美術館じゃないっぽいところで、美術館らしいことをしてみようと。お酒を飲みながら対話型鑑賞を行いました(笑)。

―――いかがでしたか?

平野:あらためて対話型鑑賞の面白さに気付かされましたね。元々、対話型の美術鑑賞教育プログラム(ACOP)自体には3年前から出会っていたのですが、むしろ僕が行なっていた博物館学とメディア論の融合こそが、博物館のあるべき姿ではないかと以前から思っていました。

―――そこからどうして対話型鑑賞に…?

平野:実は、ある博物館で働いているスタッフやボランティアの人たちが、絵画に対してとても批判的な意見を持っていたんですよ。

―――こんな絵じゃダメだ、みたいな。

平野:いえ、そうではないんです。絵画にはいろんな角度からの鑑賞の仕方があると思うんですけど、彼らはその視点をたくさん持っていたんですね。他の人たちがどう見ているのか、自分とはどう違うのか、ということをたくさん知っていた。

―――なるほど!「自己批判としての批判」ですね。

平野:そうです。人の意見を聞いて、自分の中でさらに絵画に対して理解を深めていく、ということです。
 
―――ACOPでは、「みる」「かんがえる」「はなす」「きく」というサイクルのなかで、ナビゲーターが重要な役割を果たすと書かれていますよね。

平野:ナビゲーターは常に鑑賞者の意見を聞き、それが絵のどの部分からそう感じられ、どうしてそう感じたのかを鑑賞者に聞いていきます。同時に他の鑑賞者の人の意見も聞き、それを全員にフィードバックしていくのです。そうすることで、自分が感じられなかったこと、自分が見えていなかったことが感じられたり見えたりするのですね。

―――それは確かに面白そうなのですが…なかなか一般人には難しそうな仕事ですね。

平野:そうですね。だからこそACOPは、そういったナビゲーターを育てていくプログラムでもあるわけです。ナビゲーターは、4つのプロセスに加えて、サマライズやフォーカスといったことも行わなければなりません。それを行うことによって、鑑賞者の絵画への理解度の深まり方が変わってくるのです。

――そのサマライズとフォーカスについて教えてください。

平野:そこまでみてきたものについての議論を整理し、次に進むための足がかりを示すものがサマライズです。また、作品全体を漫然と見るだけでは、話があちこちの方向に飛んでしまい、議論をまとめるのが困難になりますよね。そこで「対話型鑑賞」では、ナビゲーターが作品の中で見るべき場所を限定しながら、段階を追って鑑賞を進めます。これがフォーカスです。ナビゲーションの途中に挿入される小まとめとしてのサマライズと、見るべきところを絞るフォーカシングによって、理解度が促進されるのです。

―――つまり、高名な美術評論家に説明されるだけではダメだということですね。

平野:そこがまさに、教育の場としての博物館のあり方です。実は「対話型鑑賞」の重要なポイントは、自己の内面を見つめ直すというところにあるのです。自分の意見というのは、とりもなおさず、自分の性格や考え方です。それとは違う他者の性格や意見があって、それをもとに絵画というものを通して自分を見つめ直すことができるわけです。これはテニスの壁打ちの練習に似ています。壁は作品、選手は鑑賞者ですね。

―――例えばここの唐揚げ(インタビューは飲み屋で行われた)を美味しいと思う、それは肉汁が染み出てくるからだと。

平野:はい。僕はレモンがあって、それをかけたらなお美味しいだろうなって思いました。

―――この薄くスライスされたキュウリがおいしいとかは考えすぎなんですかね。

平野:え?キュウリ?あ、ホントだ。僕はそう見えませんでした。こういうことが対話型鑑賞では起こります。自分では見えていなかったことが見えてきたり、肉汁を美味いとまず思う性格の人なんだとかね(笑)

―――それで、東京アートビートから、そんなに面白いのならやってみようということで、外苑前のワタリウム美術館、青山の原美術館、木場の東京都現代美術館へとその活躍の場を広げられたわけですね。

平野:そうやって、少しづつ研究をしているところです。この対話型鑑賞には、学問としての名前もありません。例えるならば、美術鑑賞教育学というところでしょうか。

―――でも、これは美術じゃなくてもいいんですよね。

平野:はい。言い方は悪いですが、玉石混交の現代美術でも構いません。ただ、歴史的価値のある美術品の方が、取っ掛かりとしてはやりやすいんです。最終的には、現代美術を理解できる鑑賞者を増やしていきたいですね。

―――対話型鑑賞の今後はどうなっていくのでしょうか。

平野:私たちはどれだけ語彙が増えたか、文章量が増えたか、ということは経験としてもデータとしても知っていますが、同じように大事なのは、3枚のレポート用紙が12枚に伸びたその軌跡を分析するというような「定性的分析」です。これが大事だということは分かっているのですが、それをどうやって分析すべきかということは、実はちゃんと分かっていません。それを分析する手法を確立することが今後の課題でしょうね。

U
ゆう/ライター。名古屋で生まれ育つ。現在は都内某所に潜伏中。日本および世界の中でわれわれがこれから行動するための姿勢を考え、潜伏しながら取材を続ける自称過激派サラリーマン。