「自由な発想が生まれる環境ってどういうことかっていうと、幼稚園みたいに、遊ばなかったらダメなんだよね。総合政策なんていう学問体系はさ、地理学もそうなんだけど、最終的には発想力とか構想力がモノを言う世界だから。あと、交渉力な。だから恋愛をしろと。大学時代に良いパートナーを見つける練習だけはしておけって言ったの。」

京の風水めぐり/目崎茂和

『南山大学』の目崎茂和

―――三重大で、一部では「地理学の復権」とも評されるほどの活躍をされた先生ですが、その立場に甘んじることなく、50代になって2度目の大きな転機を経験されることになりますよね。それが先ほどお話し頂いた、2000年の南山大学瀬戸キャンパス発足ということでした。その頃、マルクス学長(当時)が、「各専門分野で、考え得る最高レベルの教授の方々に集まって頂いた」と仰っていましたが、まさにその中の、環境学の教授として先生が招聘されたということですよね。

目崎:うん。でもまあ南山総政の発足当初は、あまり環境学の比重は高くなかったんだよな。おれのやってた「環境学概論」だって必須科目じゃなかったわけで。でも万博もあったし、途中からどんどん重要だってことにはなっていったんだけど(笑)

―――先生が総合政策学部の教授として赴任されたのが55歳の時ですよね。普通のサラリーマンであれば、もう定年までの消化試合みたいに考えている人も多い年代ですよ。そんな中で、まだ1期生300人程度しかいなかったキャンパスで教鞭を振るうことを決めるっていうのは、学生の頃は何とも思っていなかったのですが、やはり勇気のいることだったんじゃないかと。

目崎:琉球大学で最初に着任したのが教養学部だろ?これもまあ何でもアリの学部なわけだけど、しかも本土復帰直後で、目の前には荒野しか広がっていなかったわけだよ。そういう中でおれの仕事人生は始まったわけでさ。一般の人たちも含めて、何もないところに伝えたい…というね。やってることは同じなんだ。伝道者じゃないけど。だから「目崎教」って言われるんだよ。伊勢神宮の神主がおれの説を「目崎教だ」って言う(笑)。

―――伊勢神宮の神主に言われちゃあしょうがないですね(笑)。でも確かに、あの頃の南山瀬戸キャンパスには何もありませんでした。歴史も文化も。学生と先生方と、近代的な白い建物しかなかった。先生はあの時代の瀬戸キャンパスに、道路の舗装もままならない本土復帰直後の沖縄を見ていたのですね…。

目崎:そういうことだよ。あの頃の沖縄も南山も、ある意味では何でもアリだったからな。

―――でも実は、僕が先生の研究内容の全貌を知ることが出来たのは、本当に最近のことなんです。それが今回のインタビューのきっかけにもなっているんですね。となると、もしかすると当時の南山の学生は、研究者としての目崎先生をほとんど理解できていないのかも知れないなと…。先生もしかして、南山で遊んでたんじゃないですか?(笑)

目崎:いやいや、そうじゃなくてさ、むしろおれは学生を遊ばせたかったんだよね。おれは大学を幼稚園化したかった。昔からの夢だった。

―――大学の幼稚園化…?

目崎:自由な発想が生まれる環境ってどういうことかっていうと、幼稚園みたいに、遊ばなかったらダメなんだよね。総合政策なんていう学問体系はさ、地理学もそうなんだけど、最終的には発想力とか構想力がモノを言う世界だから。

―――地理学は、専門特化した部分では他の学問が優位に立ってしまうという学問的特徴があるからこそ、それを統合して考えることこそが地理学の王道であるとも言われていますよね。学問の性質として、総合政策も同じだってことですね。

目崎:そういうことだよ。全部つながってるんだから。あと、交渉力な。だから恋愛をしろと。大学時代に良いパートナーを見つける練習だけはしておけって言ったの。

―――確かに幼稚園児って、すぐに好きな子できますもんね(笑)。

目崎:うんうん。だからよく言うだろ?人生一度はお見合いもしてみろって。自分は相手がこう言った時に、どういう態度を取るんだろうって常にシミュレーションしてみる。そうすると、自分自身を発見できるんだよ。出会いの仕方の中にね。そうやって前もって意識するかどうかで、出会いの仕方って変わるんだよ。だからこうやってお前さんみたいに訪ねて来てくれれば、初めからそういう意識で行くんだよな。で、若い頃を思い出すことになるんだけど、そうするとデートする前のワクワクするような、どこで会ってどうするか…なんてことを考えていた自分がいるわけで。そういう中で自分が出来てきたんだって実感できる。

―――社会に出て、より良い経験を積んでいくために、大学では遊んでおけと?

目崎:そうそう。まあ勉強するなってわけじゃないんだけど、それも大学で学ぶべきことだろうと。どこでも挑戦、どこでもトライだよ。人に会ってみりゃあさ、最初は嫌なヤツだったのが、一度酒飲んでみたら良いヤツだったなんてことはザラにあるんだから。で、褒めてあげりゃあ上司だってなんだって喜ぶんだからさ。そういう遊び方を学生の間にしておけと。

―――大学は、自分の遊び方を考える場所ってことですね。

目崎:そうそうそう!社会に出て、自分で仕事をやりながらさ、どういう遊びが自分の人生にとって重要なのか。それを知るための4年間にしてほしいと思うよな。どうやって自分自身を遊ばせるかによって、自分の本性がようやく分かってくるわけで。高校までは、遊びを知らないで、ただ親から言われて「あれをやれ、これをやれ」で来たのかもしれない。じゃあ自分らしさってどこにあるのか?ってね。それを分からずに社会に出ると、もうノンストップだからさ。

―――いやー先生、僕は大学行って良かったです。今でもこんなことして遊んでますから(笑)。

目崎:でも南山もな…迷惑かけたよな。おれみたいなのが行っちゃって。引っ掻きまわしちゃった。とんでもない。

―――えええ?何言ってるんですか先生!最高でしたよ!ゼミ室でボジョレーヌーヴォー空けまくって!むしろもっとやるべきでしたよ(笑)

目崎:国立大学じゃ当たり前だったからな。そういう雰囲気なんだよ。でも実は、あれで南山の新しい規則が生まれたんだよ。

―――そうなんですか?

目崎:「教室で酒を飲んではいけない」…それまで無かった。それとか「調理してはいけない」とかね。

―――普通にやってましたよね~!鍋とか。コンロとか持って来て。

目崎:やってた。焼き肉パーティーな。で、やった時にコンロまとめて3台点火して爆発したんだよ。それで事務が飛んできて。電気が止まっちゃったんだよな。学内のブレーカーが落ちたんだよ。それ以来禁止になっちゃった。

―――もちろん「食べてもいけない」(笑)。

目崎:そうそうそう。それで海上の森の駐車場でバーベキューやるようになったんだよ。いいんだよ、ダメならいくらでも方法はあるからな。(続く