「その頃アパレルといえばワールドとかオンワードとか…大手のブランドメーカーがずっと新興のギャルブランドを馬鹿にしてて。ハッキリ言って舐められてたんですよ。「素人集団に何ができる」みたいな。「デザインもロクに学んでない連中に何ができるんだ」っていうような空気はしばらくありましたね。まあ、売れ出したら途端にみんな手のひらを返してきたんですけど(笑)」

photo by flickr.com/tokyofashion

渋谷は不良少年・不良少女の反骨精神がつくった街

―――渋谷109って、当時はどんな感じだったんでしょうか。

古澤:少なくともギャルの聖地とかではなかったですね。むしろ「百貨店」って感じで。

―――90年代はまだ百貨店だった?

古澤:そうでしたね。それまではソニプラとか、銀座じゅわいよ・くちゅーるマキとか…ファッションの発信地 という意味でも、全然ギャルマーケットじゃなかった。「ギャルブランドしか入れない」みたいになってきたのはその後のことですよね。98年くらいからじゃないでしょうか。

―――この頃ってマスメディアが渋谷のガングロ女子高生を取り上げたりしていた時期ですよね。ファッションとしてはちょっと異端というか、ぶっ飛んでる方向っていうイメージがあったんですけど。

古澤:そうですそうです。でもいわゆるヤマンバギャルとかは、その頃からすでに田舎者って印象でしたけどね。

―――昔から若者向きではあったけれども、百貨店以上の意味合いはなかったと。

古澤:そうですね。だから今のように「ファッションビルといえば109」みたいなブランドって、実はここ10年くらいのことなんですよね。今はかなり年齢が上の方でも109行くじゃないですか。

―――そうですよね。その頃行ってた人が今でも。

古澤:そう。だから今は00年代とも違って利用客の世代層がだいぶ広がってきていますよね。でもギャルマーケットの先端を担うという立ち位置は変わっていないという。

―――この10年でファッションの1ジャンルとして定着した感がありますね。

古澤:そういう意味でも、僕はちょうど変革期に、運良く末席ですけど…その一端を担えたんだと思います。その頃の話で言えば、特にね…馬鹿にされてたんですよね。このマーケット自体が。

―――馬鹿にされてた…?

古澤:ええ。その頃アパレルといえばワールドとかオンワードとか…大手のブランドメーカーがずっと新興のギャルブランドを馬鹿にしてて。ハッキリ言って舐められてたんですよ。「素人集団に何ができる」みたいな。「デザインもロクに学んでない連中に何ができるんだ」っていうような空気はしばらくありましたね。まあ、売れ出したら途端にみんな手のひらを返してきたんですけど(笑)

―――既存のブランド勢力が大勢を占める中で、どう切り込んでいくかっていう時代だったんですね。その一つの象徴として109があったと。ファッション業界の動向とともに109も、そして渋谷も変わっていった。

古澤:ええ。だから今の渋谷って不良少年・不良少女の反骨精神が作った街であり文化とも言えるかも知れません。いわゆるカウンターカルチャーがメインストリームになっちゃった。

―――なるほど…渋谷にIT系企業が多いのも、そういう街の性格に起因してるのかもしれませんね。

古澤:それはあるでしょうね。ITなんて反骨と革命のためのツールじゃないですか(笑)。街の空気感に吸い寄せられて、自然と同じ人種が集まるってことなんでしょうね。

―――IT業界のWindows95が出てからの10年間の興亡と、今の古澤さんのお話の時代背景がほぼ合致するのがすごく面白いですね。新興ファッションブランドとITの若手起業家たちが、大メーカーやマスメディアのような既存勢力に対して、反骨の精神で契りを結んでいるのが今の渋谷の本質だという。

古澤:確かに似てますよね。当時の109ブランドの状況も、今で言うとソニーとかパナソニックとか日本を代表する企業の株価よりも、携帯ゲームやソーシャルゲーム業界…グリーとかDeNAの株価の方が高くなっちゃった、抜いちゃったみたいな感じはありました。

―――そしていよいよ109ブランドがギャルマーケットを席巻する時代に。

古澤:まあ、結局は売れちゃったもん勝ちなんでしょうね。爆発的に売れていました。僕は当時アパレルのことは正直よく分からなかったんですけど、徐々に『ココルル』もアパレルのプロを招致してくるようになりまして。そうすると皆口々に「これはありえない」と。大手でも普通は一日売上100万円のところが、ココルルは一日1千万円とか(笑)。末席の僕はそれでも「何がそんなに凄いの?」っていう感じで。最近になってようやく「とんでもない事だったんだな…」と実感してるという(笑)。改めてKさん凄いなって。(続く