「勉強になりましたよね。自分の仕事は「衣食住」が満ち足りて初めて成り立つものだと。クリエイティブだ、デザインだっていうのは文化的な生活保証があって初めて成立するんだという。でも…だからこそこれからは単に新しいだけじゃダメで、やっぱり見た人をワクワクさせないとクリエイティブじゃないってことなんでしょうね。こういう時代だからこそ、クリエイティブの可能性を意地でも追求してやろうと。」

古澤健太3

東日本大震災と「ナグ クリエイティヴグループ」

―――最初に「大きな仕事が来た!」っていう瞬間はどんな感じでしたか?

古澤:色々転機はあったと思いますが、ハイブランドを直接手掛けた時は嬉しかったですよね。これも名前出せないですけど、B社(イタリ ア)のプロモーションに関するビジュアルデザインを、日本人では僕が初めてやったみたいなんですね。少なくとも当時はそう聞いていたんですよ。で、本国に招待してもらったんですけど、僕、飛行機嫌いなので…(笑)

―――またもったいない(笑)

古澤:あと、家電…特にテレビ関係ですね。POPなどSP関連のデザイン業務を受注しました。テレビって日本経済とリンクして成長してるじゃないですか。万博だったり、東京オリンピックだったり。景気のチャートとテレビの売上のチャートってすごく合致していて。テレビだったら大丈夫だろうな、少なくとも10年は伸びるだろうな、と。結果はご存知の通り、エコポイント、地デジ化の需要先食いまでは思惑通りだったんですけどね。

―――テレビのSPって、家電量販店に並んでるテレビの周りに貼ってあったり、置いてたりしているアレですよね。

古澤:はい。まあそこはどうしても代理店さんが絡んでるんですけどね。うちはあくまで制作プロダクションであり、マンパワーやその他のスキルが足りないので。

―――じゃあやっぱり今でも売上のかなりの割合をSPツールが占めているんですか?

古澤:んー、もちろん大きいですけど、当時からアメリカンファミリーさんとかゴディバさんとは直接やってましたしね。電通とか博報堂がチームで乗り込んでいる頃、僕は金髪で一人で乗り込んでコンペ全部持ってっちゃったりとか(笑) 上場企業にも一人で普通に乗り込んでいって普通に仕事してましたしね。世の中を分かってなかったので、逆に行けたと。今だったら無理でしょうね(笑)

―――そんな感じで、デザイン事務所としてスタートした有限会社ナグが4年後の2005年に株式会社ナグに、さらに2011年にはナグ クリエイティヴグループ株式会社という風に会社を少しずつ、しかし着実に成長させていかれたんですね。ところで今の社名ですが、1社なのに「グループ」と付いているので、読者の方々にはちょっと分かりにくい部分もあるんじゃないかと思うのですが…。

古澤:はい。昨年、ナグ クリエイティヴグループ株式会社っていう形に組織改編したんですね。従来のプロモーション事業以外にも、新たに空間デザイン事業、ダイニング事業、コスメ ティック事業、エンターテイメント事業…という具合に、より幅広いクリエイティブを提供できる体制にするために、一気に事業領域を拡大しました。

―――ええ~!そんなに一気に色々始めちゃって大丈夫なんですか?

古澤:全部コアコンピタンスからは外れてないので。むしろグループ化にあたっては一気に進めるべきだと判断しました。3.11以降、やれることは全部やっていこうという意識に変わりましたね。

―――震災の影響からグループ化を決断された…?

古澤:いや、グループ化した3ヶ月後に震災が起きたんですね。グループ化の方針は間違っていなかったのですが、震災以降、その流れをより加速させるべきだと。正直、仕事はかなりの打撃を受けました。大打撃です。

―――もし差し支えなければ具体的事例を。

古澤:先ほどのテレビとかハイブランド、飲料系の仕事ももちろんですが、例えば…後でまたお話ししますが、コスメティック事業への影響は甚大でした。実は2011年の4月から、幾つかの大手リアル店舗で当社コスメの取り扱いが仮決定していたんですよ。

―――ゼロから開発して、いきなり大手小売での販売が決まっていた…。

古澤:これはもう、河田会長パワーで(笑)

―――河田会長?

古澤:芸能界で言う「竜兵会」みたいな呑み仲間の会長です(笑) でもメンバーは基本経営者で豪華メンバーなんですよ。西田竜司とか…。会長はコスメの道のプロなんです。

―――なるほどなあ。古澤さんのストーリーはいつも人の縁が絶妙な力を発揮していて面白いですね。

古澤:一人で出来る仕事なんてないってことですよ(笑) まあ終始こんな具合なので、実はグループ化にあたっては「俺も入れて、私も入れて」と人が群がって来たんですよね。でも、プライベートで信頼の置ける人間としか組まないと決めていました。

―――話が出てから態度が変わる人間はゴマンといますからね…。

古澤:で、スケジュールまで決まっていたコスメ販売なんですけど、取り扱い直前に3.11がありまして。そうすると、とにかく売場は救命グッズだとか震災グッズが最優先だと。コスメどころじゃないと。

―――コスメを置くはずだったスペースに震災グッズが。

古澤:ええ。その結果、渋谷109と109-2、それに心斎橋OPA以外では販売を見合わせることになりました。あとはネット販売で何とかするしかないような状況で。

―――逆に、そうした状況でも109とOPAが手を挙げたっていうのはさすがだなあと思ってしまうんですけど(笑)

古澤:でも勉強になりましたよね。自分の仕事は「衣食住」が満ち足りて初めて成り立つものだと。クリエイティブだ、デザインだっていうのは文化的な生活保証があって初めて成立するんだという。これはデザイナーが勘違いしないように常々申し上げて来た事でもあるんですが…。

―――そのときに業態転換とか、そういうことは考えませんでしたか?

古澤:そういう意味では、ipad・iphoneアプリの開発に着手しましたね。転換というよりは、拡大しようと。逆張りですね。

―――確かにアプリはこの先も色々展開できそうですよね。お店に行った時にスマホをかざして商品の情報を取り入れたりとか、あれって販促ツールですもんね。今までの社内インフラを活かせるんじゃないですか?

古澤:仰る通りです。他にも、例えば去年やったのは美容室のカタログをipadで見えるようにしたりとか、自分の写真を撮って、その輪郭に合わせて髪型を被せて、よりリアルにイメージしてもらう…みたいなのとか。そういった分野にも挑戦していこうと。

―――新技術も果敢に取り込んでいく。

古澤:でも…だからこそこれからは、単に新しいだけじゃダメで、やっぱり見た人をワクワクさせないとクリエイティブじゃないってことなんでしょうね。こういう時代だからこそ、クリエイティブの可能性を意地でも追求してやろうと。(続く