1年くらい前のソースなのですが、ドクター・中松ハウスの次は脱法ハウスということで、何かと考えさせられる空間ネタが続きます。真面目にシェアハウスを運営している方からすれば、許しがたいニュースだと思います。住環境を極限まで犠牲にすると、こういう生活になるということでしょうか。

脱法ハウス:1.7畳、手届く四方の壁 住民同士会話なく―2013年05月23日

脱法ハウス2

 そこは人の住む場所なのか、そうではないのか--。消防法違反を指摘された東京都中野区の「シェアハウス」。貸事務所だとする運営会社に対し、東京消防庁は「共同住宅」と認定した。住宅だとすれば建築基準法に違反するが、同法を所管する中野区は「住宅かどうか定かではない」と、手をこまねいていたのが実情だ。火災や地震が起きた時、命を守れるのか。関連法令の隙間(すきま)をぬうような「脱法ハウス」が増殖している。

 利用者らによると、中野のハウスの居室部分は2.7平方メートル(1.7畳)で、中央に立てば四方の壁に手が届くほどの広さ。窓はなく、昼も暗い室内を備え付けの電灯がほのかに照らす。ほかには旧型テレビ、小さな机があるだけ。寝台部分は2部屋で上下を分け合い、寝そべると間近に天井が迫る。部屋を仕切る壁は薄く、せき払いや寝返り、鼻をかむ音が聞こえる。

 キッチン、トイレは共同でシャワーとランドリーは有料。シェアハウスと言えば、顔見知りの住人たちによる共同生活を想像する。だが、30代の男性は「ここでは住人同士の会話はほとんどない。ネットカフェと同じで、周りにどんな人が住んでいるかは分からない」と話す。

 消防法違反発覚の端緒は偶然だった。昨年初め、救急車の出動要請でハウス内に立ち入った消防隊員が「おかしい」と感じ、査察部門に連絡した。もとは一般住宅で改築届は出されていない。端緒がなければ存在すらつかめず、危険な状態のまま存続していた恐れが強い。



記事は災害時の命の危険について言及していますが、そもそもこんな部屋に1週間も住んでいたら、災害以前に、確実に精神に支障をきたす気がしますね。今やそうした住まいを選ぶのも「自己責任」と言われてしまうのでしょうか。

NPO法人などの取り組みにより、近年増え始めた「シェアハウス」は、住環境を表すだけでなく、むしろそこに住まう人の生き方そのものだという前向きな声も聞かれます。しかしそれは、運営側の高い志に根ざした献身的な取り組みに依存しているケースが多いというのが実態ではないでしょうか。それがこのように、ひとたび営利しか考えていない悪徳企業の手にかかれば、立派な「貧困ビジネス」として成立してしまう危険性をはらんでいるというわけです。こんなもの、シェアハウスでも何でもありません。

人が暮らす空間・環境は、健康のみならず、人格形成に多大な影響を及ぼします。個々人の状況によりこうした居住環境を選ばざるを得ない場合があるとしても、どうにか選ばない道を探ってほしいと思います。自分の命を守れるのは自分だけだと、あらためて自覚したいものです。

貧困ビジネスと東京都
Hayashida Riki
林田力
2013-11-11