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「マイホームを建てたって、2~3年後には地震が起きて、買った土地で液状化が起こってさ、家が傾くなんてこともあるわけだよ。来たるべき地震に対してね、自分がどれだけ先が読めるか。あるいは今自分が住んでいるところは本当に大丈夫なのか。その個人の危機感が何より重要なんだよ。」

「おれがいつも思うのは、環境を意識できるかどうかは、ある意味自分が生き延びられるかどうかのサバイバルゲームなんだよ。つまり環境問題を学ぶことで、生き残れるチャンスが確実に増える。こないだも伊勢でそんな話をしたけど、東海沖の地震が来たらあそこは必ず水に浸かる場所なんだよ。津波は間違いなく30分後に来る。それを知っているか知らないかで、はじめてどこに逃げればいいのかってことを考えるわけじゃん。環境を学ぶってことはつまり、そういうことを意識できるかどうかなんだよ」


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今から9年前の2003年6月。南山大学瀬戸キャンパス構内での取材はすでに3時間に及んでいた。当時から名物教授と言われていたその男は、インタビュー終盤になっても口角泡を飛ばす勢いでしゃべり続けた。男がもっとも訴えたかったこと、それは一般人が日常的に環境を意識することの重要性についてだった。環境学は、専門家の間で使い回されるだけの知識ではない。過酷な環境下で生き残るために、そして、生き残った者が運命を受け入れ、天寿を全うするために必要な思想なのだと――。

南山大のある出版サークルが発行していた学内情報誌。学生特有の無邪気さで掲載されたそのインタビュー記事は、図らずも、昨年の東日本大震災で私たちが学んだ教訓をそのままパッケージングした“預言書”になってしまった。

3.11から間もなく1年が経とうとしている。原発をはじめ、復興政策は未だ事後対応に追われており、未来への糸口は見えないままだ。確かに男が言っていた通り、身の回りの環境に対する日頃からの“先読み”を怠った結果、「想定外」と言われる震災が起き、失った人命は2万を超えた。そして確かに、戦後最悪の惨事となったこの震災が「人災」と言われている最大の原因は、私たち日本人の環境に対する無知と奢りが招いたものに他ならなかった。

今こそあの男――いや、僕にとっては恩師の知識と人生を、もう一度紐解かなければならない。そして今こそ、その生き様を世に問わなければならない。そう考えた僕は昨年末、意を決して恩師の住む三重県津市へと飛んだ。

上っ面の知識を撫で廻していた学生時代の自分ではなく、生意気にも仕事をし、少ないながらもサラリーを得てきた今の自分が訪ねてこそ、今回の取材には意味があると思われた。と同時に、かつて世界中で師の講義を受けたことのある何千人もの“元学生”たちにとっても、多面体で構成された師の人生は、未だ多くの謎に包まれたものに違いなかった。学生時代、ゼミ生でありながら、私がまったく師の人生と研究領域のスケールを捉えきれなかったのと同じことが、世界各地で起こっているに違いないと容易に予想できた。事実、それについての文献はあまりに少なかった。

ウェブマガジンとして世に送り出すべき情報とは、元来そういうものだと確信していた。

趣旨を事前にフェイスブックで伝えると、幸い恩師はいつものべらんめえ調で、今回のインタビューを快諾された。

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「地理学」「珊瑚礁学」「環境学」「風水学」そして「神話学」…その全ての学問領域において、大学教授という職を辞した現在も第一人者であり続け、その異様なまでの存在感から、『帝都物語』の作者である荒俣宏をして「怪人」と呼ばれた男、目崎茂和。

一見、何の関連性もないように見えるこれらの学問だが、目崎茂和という一人の研究者の人生を辿っていくことで、むしろこれまで別のものと考えられてきた領域同士が螺旋のように絡み合い、やがて一つの知識体系として形を成していくことになる。その根底に流れているのは、先人たちが伝え残してきたさまざまな「智慧」や「法則」を、地形学や言語地理学を駆使した総合政策的アプローチによって現代に甦らせようという、一人の男の人生を賭した底知れぬ使命感だった――。

筋金入りのフィールドワーカーとしての生き様がそのまま専門領域となった稀有な研究者が、与えられた環境下でいかに生き残り、各分野の第一人者となり得たのか?そしてついに明かされる日本神話の謎…古代の人々がこの国に残した文明や環境から、震災後の我々は何を学び、どう行動すればいいのか?

本特集では、そんな「怪人」目崎茂和の人生と研究領域の全貌を、膨大なインタビューと取材資料から明らかにしていく。震災以後、ますます混迷を極めるビジネス環境の中で生き残りを賭けた全サラリーマン必読、本誌久々のインタビュー特集である。(続く
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