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―――(前編はこちら)そもそも「ZAWA友FESTA」をはじめた動機みたいなものはあったんでしょうか?

岩田弟:若者が自分の生まれ育った街に価値を見つけられないような状況が、全国、特に地方都市で起こっているじゃないですか。それがずっと不思議だったんですよね。まあ「見つけられないのなら自分でつくろうよ」ということで、特に何も考えずに作ったというのが本当のところかもしれません。実際に、世の中に不満があったりしても、自分が関わらないと「自分ごと」にならないので、皆を当事者にするという意識が大事だと思います。自分自身に対してさえ、なかなか誇りを見いだせないのに、これが街となるとより難しいなと。

―――「普通の街」だと思われている稲沢を、特別なものにしたいと。

岩田弟:特別じゃなくてもいいんですけどね。本当は、稲沢には「自分の街がすげえ街だったんだ!」と思えるようなものがたくさん眠っているはずで、"掘り下げ甲斐" がある街なんだと思いますよ。僕達が生まれ育った国府宮なんて、名前からしてもともとは歴史の中心地だったはずですから。面白いものがたくさんあるに決まってるじゃないですか。それがわかれば興味を持つ人も多いし、誇りにもつながってくるんじゃないかなと思います。

―――なるほど。型にはめようとするのではなく、街の魅力を探したり作ったりしていこうというベクトルなんですね。

岩田弟:まぁ、そもそもの型がないですから(笑)。たとえば国府宮神社は、稲沢市民にとって最も大きな誇りの一つですよね。でも、実際にどのくらいの価値が有るのかはよくわからないし、何が魅力の核になっているのかについての実感もありません。単に地元の一番大きな神社といった感じなんじゃないですか。

―――伊勢神宮ほどの格があれば別でしょうけど、そうでもない。

岩田弟:で、気になって調べてみたところ、神社の格と言うのは、歴史の中で序列化されてきてはいるんですが、実際のところは、その当時の為政者が決めていただけであって、決して神の格を決めるものではないことがわかってきたんですね。神社というと神秘的な存在で、人の営みでどうこうすることができないと思いがちだけど、いざ文献をあたってみると、その価値付けがひどく人為的なものみたいで。

―――政治家の気分次第だったと(笑)。

岩田弟:そう(笑)。その中でも、我らが国府宮神社は、国の決める基準のなかであまり格が高いわけではないんですよね。一応、近代社格制度のなかで、愛知県内である程度の位置づけがされている神社は数社だけで、そのうちには含まれるんですけど。でも、地元民が考えているほど格は高くない。実は一宮にある真清田神社のほうが格上だったりするんですよ。そういうのを聞くと、稲沢の人たちは結構がっかりするんじゃないかな(笑)。

―――日本人は権威に弱いからなあ(笑)。

岩田弟:(笑)だから、そういう事実は事実として知った上で、それをどのように自分たちの価値としていくかの方が重要なんじゃないかって。そこにきて「真清田神社に負けた」とか言って一喜一憂していても、新しい価値は生まれようがないですから。

―――価値の再構築に挑戦できるのは、まさに若者の特権ですね!

岩田弟:構築が理想ですけど、例えばもし稲沢市民の中に「我らが国府宮神社」という意識があるのなら、自分なりに切り口を変えながら、情報を探すだけでもいいので、価値を探してみてはどうかと思います。神社の格だって、所詮人が決めているんだもの。じゃあ自分なりの価値付けをしたっていいじゃないですか(笑)。

岩田兄:大切なのは、地元にある魅力を自分で磨き上げて、街を愛するきっかけにするってこと。これって、別に行政とか政治家とか大学の先生がやることじゃなくて、一人ひとりがやることで、初めて価値が生まれるものだと思いますよ。なんだかんだ言っても、自分の置かれている環境を愛せることが一番幸せですよね。まずは環境を愛することがすべての土台。価値を創造するというのは、そうしたところから始まる営みでしかないんじゃないかって。結局、ZAWA友FESTAのテーマは「自分の地元を愛するための根拠を探したい」ということかもしれない。やっぱり今の時代、昔のアニミズムの時代とは違うので、広げていくにはある程度の根拠と覚悟が必要なんですよ。

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ZAWA友FESTA企画会議の様子。右から二人目が岩田兄(副理事長)その隣が岩田弟(理事長)。新企画が生まれる瞬間の顔をカメラが捉えた。

―――話を聞けば聞くほど、一般にイメージする「○○祭り実行委員会」とは毛色が違ったもののように感じるのですが、今年の祭のコンセプトはどのようなものになるのですか?

岩田弟:今年も「若者による若者のための祭り」以上でも以下でもないですよ(笑)。あくまでも若者がやっていて、若者が喜ぶという点が重要です。誰がという話ではないですが、求められてやっているような感じもします。解釈は人それぞれでいいんじゃないかな。曖昧な中で具体的に何を進めていくのかが大切なんですよね。僕達の団体は、メンバーの目指すゴール地点が違っていても別に構わないですし(笑)。いろんな考えを持ったメンバーがいたほうが、結果的に良い状態になるんじゃないかって。

―――メンバーによって方向性は変わっていい。その柔軟性が「ZAWA友FESTA」が今日まで続いてきた理由なのかもしれませんね。

岩田兄:そうですね。そういうことを考えると、結局、いろいろな目的があって個性的なメンバーが集まっていること自体が良い流れを生むので、そのための「神輿」としてZAWA友FESTAを担ぐという大義が必要という感じなんじゃないでしょうか。それに加えて、こういう活動を「生活のためにやっているわけではない」というのがポイントですね。仕事を頑張っている人がたくさんいても、そうそう社会が動くことってないですし。こういうゆるい連帯を続けていくことが重要なんですよね。別に答えはないし、いらないとも思っています。いろいろな価値が入り混じるから良いのではないかな。

―――奥が深いですね!では、今後の活動を通して、地元・稲沢をどういう街にしたいか…みたいなイメージがあれば教えていただきたいのですが。

岩田弟:そろそろお分かりいただけたかと思いますが、僕たちは、夏祭りを「媒体」として考えていて、若者が集まるにはわかりやすい場だろうと捉えています。まずは若者が楽しく関わることができる環境を作っていきたい。自分たちの存在や活動の価値を高めていきたいと思える仲間たちを集めることが重要なんです。わかりやすくて楽しい物を作る当事者を増やしたい。それで、この場をきっかけとして地元が好きになる人を増やしていきたい。それが動きにつながって、生活にフィードバックされるという流れを作っていきたいんです。

岩田兄:「祭り」って、もともと「五穀豊穣」とか「疫病を避ける」といった多くの人が願っていたことを具現化したものがルーツになっていますよね。実際の活動は、ルーツが形骸化しているものも多くて、今じゃあ単なる馬鹿騒ぎのような形をとっているのかもしれないんですけど、それでも「祭り」というのは願いの具現化そのものだから、簡単にはなくならないんですよ。そこが強みかな。

岩田弟:だから、まずは、象徴として祭りをやっていきたいという気持ちがあります。「稲沢を誇る」という願いの具現として祭りをやって、あとあとまで残っていくこと自体に価値があるので、やっぱり祭り自体を成功させないと…いや、させ続けないといけないですよね。今までやってきた感覚としては、結果として祭りという媒体を選んだことは良かったなと思っています。僕達の理想が実現したとしたら、やっぱりルーツは祭りということになりますしね。

―――長時間ありがとうございました。時間がいくらあっても足りない感じになってきました(笑)。最後に、お二人からメッセージをお願いします。

岩田兄:最後まで読んでいただき、ありがとうございました!僕たちは、別に何ができるわけでもない連中の集まりですけど…それでも、参加してくれた人は皆喜んでくれているという自負を持って活動しています。もし興味があるようでしたら、ぜひ仲間になりましょう。

岩田弟:何でも良いから、価値あるものの当事者になる。これが、これからの社会を生きていく上で一番大切なことじゃないかと思います。まずは9月13日(土)、稲沢グリーンスパーク中央公園でお会いしましょう!(了)
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