「スーパー戦隊」VS「メタルヒーロー」超解析! [ 別冊宝島編集部 ]
混沌の現代に生きる我々にとって、ヒーローとは何なのだろうか。かつてアンパンマンの作者であるやなせたかし氏は、ヒーローの定義について、「本当の正義の味方は、戦うより先に、飢える子供にパンを分け与えて助ける人だろうと。そんなヒーローを作ろうと思った」というあまりに有名な哲学を残している。まずは日々、子供のお腹を満たすことができるかどうか。それがヒーローの絶対条件なのだと。

だとすれば、世の親たちは皆ヒーローであるべきだし、自分に子供がいなくても、間接的にでも、子供たちが飢えに苦しむことのない豊かな社会に貢献している大人であれば、きっとヒーローないしヒロインになる資格があるはずだ。

だが世の中には、綺麗ごとでは済まされない足元の現実もある。世代間・地域間の経済格差が拡大していると言われるようになって久しい。まずは目の前にいる自分の子供や家族を満足に食わせていくために、大人が戦い続けなければならないこともまた事実である。

今巷では、子供のなりたい職業上位にユーチューバーやプロゲーマーが上がっていたりする。かと思えば、シンギュラリティに備えよ何の準備もしなければAIに仕事奪われるぞなどと、ずいぶん物騒な話にもなってきている。事実、すでにAIに取って代わられている職業も多いと言うではないか。

そして、これはもはや定説だが、戦後の日本社会を牽引してきた年功序列と終身雇用という両制度が(一部の大企業を除いて)ほぼ崩壊したにも関わらず、人口減社会で老人を支えるために、サラリーマンが一人当たり支払う税金は増える一方となっている。じゃあせめて給料くらい上がっているかと思えば、バブル世代が上の役職にしがみついているせいで、新卒で入った会社の同期なんか未だに平社員のままだ。余談だが、近年稀に見るパワーワード「保育園落ちた日本死ね!!!」は、実はこうした時代状況をすべて飲み込んだ上で、我々世代を漂う空気を一言で示した傑作コピーライティングだったのである。

戦後、今ほど大人が子供のお腹を満たすために「戦い」、そして「戦い続けなければいけない」時代はなかったのかもしれないのだ。

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そこでカザーナはどう考えたか。もちろん具体的な解決策など語る気はないし、そんなものはしたり顔の経済学者にでも任せておけば良い。

歌おう。みんなで(!?)。

1975年の秘密戦隊ゴレンジャーからほぼ40年以上に渡り、戦い続けている「スーパー戦隊」「メタルヒーロー」の主題歌を―――。

なにせ40年以上、子供たちの前で戦い続けてきたヒーローの主題歌である。おそらく聴けば聴くほど、現代を生きる男たちが戦い続けるため、ヒーローとなるためのヒントが得られるに違いない。そして時代が移り変わっても、決して変わることのない「スーパー戦隊」「メタルヒーロー」シリーズの志。その一貫性と継続性に何より、勇気付けられている自分に気付かされるだろう。

一端の大人になった今こそ、「スーパー戦隊」「メタルヒーロー」シリーズの主題歌を本気で歌い継ごうではないか。いいじゃないか、実は子供がそこまで求めていなくても!妻や彼女に呆れられても!

30代も半ばを過ぎて何を始めたかと思えば、今私は車の中で、スーパー戦隊&メタルヒーローシリーズの主題歌を聴きながら、歌いながら仕事に向かっているのである。イカレていると思われるかもしれないが、営業成績は3年連続トップなのだから仕方がない。その秘密を知りたければ、おそらく、この連載を読むしかないだろう。

友よ、君たちはなぜ悪魔に魂を売ったのか!?
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